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オリンパス・OM-2N

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 今回の四点の作例のうち一点は、僕自身を撮影した写真だ。僕が自分で撮った。一昨年の秋まで二十年も住んだ五丁目の家の、洗面台の大きな三面鏡の中央の鏡は、縦も横も充分にサイズのゆとりがあり、たとえばそこに映る自分を写真に撮って遊ぶとき、たいへん面白く使うことが出来た。この作例はそのようにして撮った自分自身の写真の一例だ。

 洗面台のうしろは浴室のガラス戸だった。洗面台の鏡に映る範囲を黒い布で覆ってしまうと、鏡に映る世界は、奥行きの感じられない不思議な黒い色の世界となった。鏡に向かって右側に大きく窓があり、そこから光は豊富に入って来ていた。天井には乳白色のガラスの半球に覆われた電球があり、三面鏡の上には蛍光灯が埋め込んであり、蛍光灯の光は擦りガラスをとおして、洗面台とその周辺を照らしていた。

 僕自身を自分で撮った今回の作例は、もう何年も前のものだ。いまの僕がこういう顔をすると、もっと老けた感じになると思う。たまたま手もとにあった一本の白黒フィルムを使って、鏡に映る自分を撮って遊ぶにあたって、出来るだけ変な顔をして撮ってみよう、と僕は思った。だからこの顔は意識して表情を作った、変な顔だ。怖い顔に見えるかもしれないが、よく見ると怖くもなんともない、ただ単なる作り顔だ。

 使った写真機は、100ミリのレンズをつけた、オリンパスのOM–2Nだった。鏡に映る自分の顔をファインダーごしにとらえ、映る画面の下辺がどのあたりに来るかよく見当をつけたのち、その線より下に写真機を構え、鏡に映っている顔にレンズを向ける。そのようにして三十六枚撮りのフィルムを一本撮ってしまい、全軸をプリントした。そのうちの何枚かは、保存しておくに値するものだった。

1979(昭和54)年に発売されたオリンパスOM–2NはOM–2の後継機だが、違いはストロボ機構が改良されたことくらいで、他のスペックはOM–2と変わらない。露出制御は絞り優先AEとマ二ュアル。また、フィルム面をダイレクトに測光する方式なので、AEモードを使えば急激な露出の変化にも対応できる。発売時の価格は、GズイコーオートS50㎜F14付きで10万4500円だった。

 何年も前に作ったそのプリントのなかから一枚を選び、写真を写真の被写体に使うという遊びをしてみた結果が、今回の作例だ。白黒のプリントを黒い紙の上に置き、夏の直射光で接写する。プリントはたちまち反ってくるから、その様子およびそれが作る影だけで充分に画面を作ることが出来るだろう、と僕は思った。

 しかし、黒い紙の上の白黒のプリント一枚を、直射光のなかで実際にマクロ・レンズごしに見ると、いまひとつ面白さに欠けることがわかった。ごくせまい面積でいいから色が一色あればと思った僕は、一冊の本の角にプリントをはさんでみた。本の色は緑色だ。この緑色はなかなかいける。そう思いながら僕は接写のシャッターを切った。この本はアメリカで出たヘミングウェイの全短編集だ。こういうことに使える本が、日本には見事にない。

 プロとして写真を仕事にしている人たちはもちろん、志とそれを具現させる行動のなかに、なんらかのかたちで写真を持続的に位置させようと思っている人たちにとって、まず最初の被写体のなかの最たるものは、自分自身だ。なんとなく街へ出て漫然とスナップなどするよりは、自分自身をいろんなふうに撮ったほうが、よほど勉強になる。多くの高度な機能を持った、最新式の自動焦点の一眼レフを使うと、ありとあらゆる遊びを試みることが出来る。

 四点の作例のうちの一点は、自分で撮った僕自身の写真だ。そして残りの三点は、チョコレート、チューインガム、キャンディをそれぞれ被写体にしている。まだごく幼い頃、キャンディというものを生まれて初めて手にしたとき、キャンディとはじつに変で妙で不思議なものだ、という印象を僕は持った。その印象はよほど強かったのだろう、僕はいまになってもまだ、キャンディは不可思議なものだと思い続けている。

 主としてそのデザインをめぐって、キャンディには人の手がかかっている。キャンディのデザインをつくづくと観察する人は少ないかもしれないが、その少ない人たちのひとりになって、外国製のキャンディを指先に持って観察してみるといい。小さな容積とよく釣り合ったかたちと内容で、どのキャンディもデザインされている。

 デザインされているとは言っても、一定の範囲内での出来事だ。一定の範囲を大きく越えることは、まず絶対にない。分相応なところでデザインをほどこされた小さなキャンディは、妙であり変であり不思議であると同時に、美しくもある。だからキャンディは写真の被写体になることが出来る。

 外出のついでに、僕はキャンディを売っている店に寄った。さまざまなキャンディを観察し、写真に撮って面白くなりそうなものを何種類か買った。そしてある日、自宅のヴェランダのテーブルで、僕はキャンディを写真に撮って遊んだ。OM–2Nを使った。その日は晴れた日だったから、直射光で。そしてまた別の日、空ぜんたいが薄い雲で覆われている日にも、僕はキャンディを写真に撮ってみた。

 そのようにして出来た写真のなかから、作例として三点を選んでみた。僕自身を撮った一点と合わせて、四点でひとつの世界だと思って観察すると、面白さはひとしおではないか。キャンディと僕とは、どちらも写真の被写体であることによって、同類項として並列なのだ。

出典:『ラピタ』1998年12月号
カメラ解説:円谷 円


その写真機を、ください カタオカ・カメラ商会の棚の前で オリンパス カメラ キャンディ チューインガム チョコレート
2018年12月10日 00:00
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