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ネットで注文した映画のDVDは、なぜなかなか開封されないか

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映画を所有する

 レナード・マーティンのMovie Guideという本に収録された映画は、10年前で2000作はあっただろう。いまではもっとある。

 僕が体験した範囲内のことを書くと、この数千本の映画のほとんどが、主としてアメリカのDVDで手に入る。ふと思い出した映画をまた観たいと思い、検索してみると、DVDがある。そしてそれは、注文すると数日後には、僕のところに届くのだ。

 現在の僕にとって、映画とは基本的にこのようなかたちだ。

Signet, 2014.

 新しいのも昔のも、等しくDVDを購入して所有する。一本の映画には著作権というものがさまざまに発生するだろう。その映画を、すべて丸ごと、一枚のDVDで購入して、所有する。

 いいのだろうか。所有する権利はもっとも安い場合で500円ほどだ。こんなことがあっていいのかと、自分のものとなったDVDを手にするたびに、僕は思う。

 DVDはその数が増えていく。本棚に本のようにならべておく。棚の数でいくつになったか。買ってすぐに観ることはあまりない。いずれ観る、そのうちかならず観る、としか言いようのない状態で、時間は経過していく。いつ、観るのか。一本で2時間以下ではないか。

 しかし、まずその時間が取れない。時間そのものだけなら、充分にある。1時間30分だ、どうということはない。

 しかし、一本の劇映画という、まったく別世界の、完結したフィクションが、自分の日常と接していない。日常の時間をかなり強引に中断させ、なにもかも自分の日常とはまったく異なったフィクションを、ひとりモニターで観る。という時間が、作り出せない。

 日常は、それほど強固に、継続されているものなのか。そうなのかもしれない。一本の映画を観るとは、非日常のフィクションを、かなり無理して、自分の日常のなかに割り込ませることのようだ。

 ごく最近、ふとその気になって、アメリカ映画のDVDを15本、購入した。単なるきまぐれではなく、はっきりした目的があって購入したDVDだ。いつ、観るのか。そのうち、としか答えられない。

 Ted(邦題『テッド』)が日本で公開されたのは4年前のことか。ブルーレイが発売されてすぐに購入したが、まだ観ていない。Tedの公開に合わせてぬいぐるみが発売された。これもすぐに購入した。身長60センチの、たいそう良く出来たTedだ。

 ブルーレイを買った時、買えば自動的にこのぬいぐるみの抽選に加わる仕掛けになっていたことを知らずにいて、ある日の午後、宅配便で段ボールの箱が届いた。なにか買っただろうかと思いながらその箱を開いたら、Tedのお尻をまず目にすることとなった。

 お尻を見た瞬間、これはTedだと僕は思った。僕は箱を底から開いたのだ。

NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン

 買ったぬいぐるみとまったくおなじものだったが、表情は微妙に異なっていた。ふたりに僕は名前をつけた。二匹、などと言ってはいけない。ひとりはテデ吉、そしてもうひとりは、テデ助だ。

 プラスティックで出来た簡潔なかたちの、まるで専用のようによく似合うイタリー製の椅子ふたつの上に、それぞれ立って壁ぎわにならんでいる。お腹のどこかを押すと、ふたりとも言葉を喋る。R指定はどうでもいいこととして、Tedの喋る言葉は悪い。僕の言葉よりも悪い。

街のいたるところに映画館があった時代

 いつでも気楽に、しかもそのとき自分がいるその場で、ふと映画を観るために、ポータブルのDVDプレーヤーというものを、買ってみた。モニターは10.1インチだそうだ。これを使えば、自宅でひとり、じつに気楽に、その気になったそのとき、その場所で、映画を観ることが出来そうだ。

 観るとしたらその時刻は、午後の2時48分というような、曖昧な時間になるだろう、と僕は思う。なぜなら、30代いっぱいくらいまでは、街のいたるところに映画館があり、ふと目に入った二本立てのうちの一本を観たのが、そんな時間だったから。

 二本立てのうちの一本はさほど観たくなくても、もう一本は観たいと思いつつ観逃していた作品だったとすると、入場券を売る小さな窓口の脇に時刻表が掲げてあるのを、僕は見た。あと15分で観たいほうの映画が始まるではないか。

 街のいたるところに映画館があった時代には、おなじくいたるところに書店があった。その映画館の3軒となりに書店があったりしたから、そこに入って15分をやり過ごすのは、たやすいことだった。

 大事なのは、本を手に取らないことだ。背文字だけを見ていく。手に取ると、観たい映画の上映開始時間が、過ぎてしまうから。

Photo by iStock

 当時の二番館、三番館、あるいはそれ以下の映画館では、入替なしの連続上映だった。二本立てならその二本が、連続して一日じゅう上映された。いったん入れば一日そこにいることも出来た。

 観たいほうの映画の上映開始時間の5、6分ほど前になかに入り、席にすわる。もうすぐ終わる映画の、おしまいの部分を観る。こうしておしまいのところだけを観た映画が、何本もある。公開されたときには観そこなっていた映画を、このようにしてずっとあと、いくつも観た。

 この時代よりさらに前、たとえば子供の頃は、どんなだったか。

 世田谷の下北沢のすぐ近くで、子供の頃から30年ほどを過ごした。下北沢の南口の商店街の入口まで、最短のルートを足早に歩いて5分のところに、自宅があった。自宅は何度か変わったけれど、5分という所要時間に変わりはなかった。

 その下北沢へいくとは、映画を観にいくことだった時期が、13歳から少なくとも10年は続いた。

 現在のスズナリのすぐ向こう、かつての踏切の脇に、下北沢オデヲン座という洋画の三番館があった。この年齢の男の子供が、この時代に観るべき映画のほとんどを、僕はここで観た。

 まだ子供だったからその日常は隙間だらけであり、その隙間をひとつにまとめると、映画は1日に3本は無理なく入った。自宅からオデヲン座まで歩いていく時間がわずか5分だったのは、幸せなことだった、といま思う。

下北沢オデヲン座の記憶

 オデヲン座がなにを上映しているのか、あらかじめ知っているときと知らないときと、およそ半々だった。

 オデヲン座までいき、ポスターを観察した。透明なガラスのある展示窓には、白黒のスティル写真が、ひとつの作品ごとに何枚かずつ、押しピンでとめてあった。それを眺めた。観たい映画なのか、観たい気持ちにはならない映画なのか、区別するきっかけとしては、充分に機能した。

 このスティル写真は展示が終わったら保存され、かなりの枚数になった段階で、南口商店街の出口近くの古書店に、売却されていたようだ。典型的な西部劇の写真をこの古書店で何枚も買った記憶がある。どの写真もその四隅に押しピンの穴があいていた。

 時刻表を見ることはまだしなかった。その必要がなかったからだ。観たい映画なら入場券を買ってなかに入る。ただそれだけだ。映画を観るという行為はきわめて簡単なものだった。子供だったから二本立ては二本とも観た。

 僕は学校へはいかずに映画館へいく、という選択をした子供のひとりだった。学校へいって体験することと、映画館のなかでスクリーンの上に観るフィクションとでは、その内容があまりにも違っていた。ありとあらゆる部分が極限的に異なっていた。

 午前10時に手ぶらで映画館に入り、二本立てを観て外へと出て来ると、そこは午後1時前後の日常の、まっただなかだった。

 映画を二本、続けて観ると、子供の感覚にはかなりの負荷がかかったはずだ。かたや良く出来たフィクションであり、もういっぽうは問答無用のいつもの日常だった。スクリーンの上に観てきたばかりのフィクションとはまったく異質の世界が、自分の日常なのだと痛感するのを、子供の僕は何度も体験した。

 二本立ての映画を観て外に出て来ると、30分くらいはぼうっとしていた。あのぼうっとなった状態は、ふたつの世界の落差そのものであり、子供とはいえその落差のなかになにかを見たはずだ。それはなにだったか。

 オデヲン座がオデヲン座となる以前は、新映座という名称だったということだ。この頃を僕は知らない。新映座がオデヲン座になってからの世代の子供だった、と言っておこう。

 南口の商店街を駅に向かって歩いていき、なかほどを過ぎたところで左に入ると、その突き当たりにあったのが、北沢エトアール劇場という映画館だった。ここはエトアールになる以前は北沢映画劇場だったということだが、これも僕は知らない。この映画館も洋画の上映館だったが、おしまいの頃には日本の映画も上映していた。

名前が思い出せない映画館

 かつての北口の階段を降りてすぐに左へいき、短い坂を上がり、井の頭線の線路の手前を右に曲がったすぐのところに、グリーン座という日本映画だけを上映する映画館があった。

 おなじく駅の北口から道幅の狭い商店街をいき、最初の十文字を左に曲がってすぐのところにもう一軒、映画館があった。

 なんという映画館だったか、その名前を思い出せない期間が、何年も続いた。下北沢映画劇場、という名称だったことが、ごく最近、判明した。

 オデヲンやエトアールにくらべると、この名称には由緒の正しさのようなものすら、僕は感じる。そしてそれゆえに忘れやすく、いったん忘れると思い出せない。下北沢で四軒めのこの映画館が出来たのは、僕が高校生だった頃ではなかったか。ここへもしばしば入場した。

 代田一丁目の喫茶店、邪宗門で友人がもらってきた、下北沢文士町文化地図は改定六版だという。下北沢映画劇場の位置の表示が、違っている。最初の十文字を右へ曲がったところになっているが、正しくは左へ曲がったすぐのところだ。

 下北沢の頃の僕には、おそらく決定的な影響を受けたはずのアメリカ映画が、たくさんある。

 あの頃の下北沢で観たっきり、もう二度と観ることは出来ないだろうと思っていた映画の、英語の原題名を一本ずつ思い出しては検索してみたら、ひとつが1000円から700円ほどで、思い出したものすべてを、DVDで買うことが出来た。

 それらの映画を、いまの僕は、DVDとして、まったく個人的に、所有している。

 他の誰のものでもなく、明らかに僕のものではあるのだが、さきほども書いたとおり、このような私的な所有権というものが、あっていいのだろうか。

 DVDのディスクとそのパッケージという物体は所有してもいいだろうけれど、そのDVDを再生するとモニターにあらわれるフィクションのぜんたいを、僕なら僕が、なんの疑いもなしに、しかも個人的に、所有していいのか。

出典:『現代ビジネス』講談社 2017年4月9日
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DVD 映画 映画館
2018年10月26日 00:00
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