アイキャッチ画像

ヴァージニア・ケリーの死

縦書きで読む

LinkedIn にシェア
LINEで送る
Pocket

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──遠近法のなかへ」
に収録されたものです。

 その日の僕がたまたま見たCBSの『イーヴニング・ニュース』の冒頭で、クリントン大統領のお母さんが亡くなったことが報じられていた。大統領の母、ヴァージニア・ケリーが、ガンにより七十歳で死亡した事実を、アンカーのコニー・チャンが簡単に伝えたあと、ホワイト・ハウスからのレポートを受け持っているリータ・ブレイヴァーが引きついだ。

 特別なことはなにもない、ごく普通の、要領良くまとめたこの短いレポートについて、これから僕は書こうとしている。アメリカ国内での日常生活文脈内の、大統領の母だからといって構えたところなどいっさいないこのようなレポートのなかに、あまりにも暗黙の大前提であるがゆえに普段はおもてに出てこないアメリカの神髄が、固い構えや余計な飾りをいっさい排した姿で、なにげなくふっと、しかしきわめて明確に、立ち現れる。僕がいま書こうとしているのは、そのようなことについてだ。

 僕がメモしたかぎりでは、この短いレポートは、十九から二十のカットで成立していた。日本語としてのカットとは、この場合は、つないである映像テープの断片数、という意味だ。コニー・チャンの最初のリードを1とすると、2以下はおよそ次のような内容と展開だった。

 2 ホワイト・ハウスの庭に待機するヘリコプターに向けて、夫人に送られて大統領が歩いていく。ヘリコプターのかたわらでふたりは抱き合う。あとからいくことになっている夫人が、大統領の背中を軽く叩いて慰める。「大統領がアーカンソーへ帰る、もっとも悲しい場合です」とリータ・ブレイヴァーが語る。このレポートでは、彼女は最後まで画面には登場せず、声だけだった。守るべきマナーを守った、ということだろう。

 3 一九九二年七月、大統領選挙中のビル・クリントンの演説からの引用。「私が持っているファイティング・スピリットはすべて母から受けついだものです。お母さん、ありがとう。アイ・ラヴ・ユー」と、ビル・クリントンが語り、聴衆のひとりであるヴァージニア・ケリーがそれを聴いている。

 4 ヴァージニア・ケリーの半生が多難であったことが、手短に語られる。四人めの夫、ウィリアム・ジェファスン・ブライスの墓が画面に出る。彼は一九四六年、ビル・クリントンがまだ母のお腹にいたとき、他界した。

 5 ビル・クリントンの幼い頃の写真が画面に出る。幼いビルは祖父母に預けられたことが語られていく。

 6 もう一枚、昔の写真が画面に出る。ビルの母親は、当時は看護婦で生計を立てるべく、そのための訓練や教育を受けることに時間を使っていたことが、ブレイヴァーの語りでわかる。

 7 大統領選挙中のCMが引用される。ビル・クリントンが、母親の思い出について、いい表情で語っている。

 8 昔の写真が画面に出る。幼いビルが、ふたりめの父親とともに映っている。この父親はアルコール中毒者だった。

 9 ヴァージニア・ケリーのもうひとりの息子、ロジャーについての説明がある。薬物中毒の問題をかかえていた彼の姿が、画面に出る。

 10 なにかのパーティ会場へ現れたヴァージニア・ケリーの姿が画面に出る。

 11 バーブラ・ストライザンドのコンサートに来たヴァージニア・ケリーの様子が映る。彼女はエルヴィス・プレスリーの大ファンでもあり、その他に好きなものは、競馬とホンキートンクであると紹介される。

 12 大統領選挙中にTVの深夜番組に登場したビル・クリントンが、サングラスをかけてテナー・サックスを吹いている様子が引用される。彼が吹いているのは、『ハートブレイク・ホテル』だ。

 13 ヴァージニア・ケリーがTVの取材記者に語ったときの、彼女の顔のショット。「子供をホンキートンクに連れていくなんて、私もちょっとした母親ねえ」などと彼女は言う。ビルがテナー・サックスを吹くのは、母親とともに何度もいったホンキートンクで、リズム・アンド・ブルースを聴いたことがきっかけとなっている。

 14 大統領就任式での、母親と息子の姿。その映像に、大統領一家の友人であるベッツィー・ライトの語りが重なっていく。

 15 「息子が大統領であろうが、アーカンソー州ホットスプリングスの清掃局で一生を終わろうが、どちらでも大満足の出来る母親、それがヴァージニアですよ」と、ライトは語る。

 16 ヴァージニア・ケリーにとっての、唯一の孫娘、チェルシーの映像が出る。「煙草をやめてほしいとチェルシーに言われ、孫娘へのプレゼントとしてヴァージニアは煙草を絶ったのよ」と、ライトは涙声で語る。

 17 大統領一家が昨年のクリスマスの数日後、アーカンソーを訪れたときの映像が出る。母親のガンがもはや治療の域を越えている事実をこのとき大統領は知っていた、と語られる。

 18 クリスマスに大統領がアーカンソーを去るとき、彼が母親と交わす接吻(せっぷん)のこれが最後のものとなった、という語りとともに、そのときの映像がフリーズになる。ヴァージニア・ケリーの顔の、やつれようがはっきりとわかる。

 初めに僕が書いたとおり、この報道は特別なことなどなにもない、ごく普通の、しかし盛り込むべきことは的確に要領良く盛り込んだ、きわめてなにげない、そしてそれゆえに、完全にアメリカ的な内容の報道だ。

 アメリカの人たちにとって、母親はたいへんに重要だ。アップル・パイと母親ほどアメリカ的なものはほかにない、とアメリカ人たち自らが昔から言っている。アメリカの人たちは、ことのほか母親が好きなのだろうか。他の国の人たちにくらべて、アメリカの人たちは、はるかに母親孝行なのだろうか。

 母親とは、自分がこの世で果たすべき義務と責任を自ら明確にし、それを自らはっきりと選び取り、その義務と責任に対して忠実であることを自分の一生をつらぬく中心軸にするという、アメリカ的な営為の象徴ないしは権化だ。それでなければ母親はただの女親だ。

 アメリカにとって大事な母親は、自由というものと深く関係してくる。アメリカ的な自由、と言ったほうが正確だろう。そのアメリカ的な自由とは、自分が進む道を、誰の妨害も強制も受けることなく、神との一対一の契約にもとづいて、自分のものとして選び取り、その道を自分の思うとおりに進んでいくことだ。

 自由はただちに責任と義務であり、責任と義務は、それに忠実であることによってのみ、果たされる。義務と責任に忠実であり続けることをとおして、自分の自由も、自らの手によって、守られていくことになる。自分たちの社会を支える最重要な理念を、もっともわかりやすく、もっとも日常的に、ほとんど誰にも身に覚えのあるかたちで、もっともたやすく理解させることの出来る存在、それがアメリカン・マザーだ。ヴァージニア・ケリーは、自分の義務と責任に忠実であることを自分の一生とした母親の、たいそう好ましい見本だった。

 自分の義務と責任とは、なにだろうか。おなじ日の『イーヴニング・ニュース』の終わりに近い部分で、ヴァージニア・ケリーについての項目がふたたび登場した。コニーの番組である『アイ・トゥ・アイ』で、かつてコニーが大統領の母親をインタヴューしたときの映像からの、引用だった。

 ヴァージニア・ケリー自身の言葉によるなら、彼女の一生の義務と責任とは、正しいことと正しくないことの違いを、息子たちに徹底して教えこむことだった。「ビルは大統領になる素材だと思いましたか」という質問に、母親は「ノー」と当然のように答えていた。彼女には息子がふたりいる。どちらかひとりを特別視することは、母親の義務と責任に反することだから。

底本:『日本語の外へ』角川文庫 2003年


『日本語の外へ』 アメリカを知っているのか?
2018年9月12日 00:00