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午後を過ごす最高の場所

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この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──遠近法のなかへ」
に収録されたものです。

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 こともあろうに真夏にストライキだ。そしてそのストライキは妥結しないだろう、と僕は思う。したがって、アメリカのメジャー・リーグ・ベースボールの一九九四年のシーズンは、ここで終わってしまう。これまでの時代を終えて次の時代に向けて、アメリカというシステムを構成するさまざまな要素のひとつひとつが、大きく変質しようとしている。一九〇五年から続いてきたワールド・シリーズがおこなわれずにシーズンが終わるという、ちょっと信じられないような変形の体験もそのひとつだ。総量制限という考えかたは、今後の世界にとっては全地球的に作用する共通の方針だ。そしてその総量は、低く抑えておくに越したことはない。ベースボール・プレーヤーたちの年俸も例外ではないのだが。

 メジャー・リーグの試合をいくつか見にいく予定でいた僕は、計画を変えようとしている。残されたシーズンにおける七回のストレッチのテーマ・ソングは、『テイク・ミー・アウト・トゥ・ザ・マイナー・リーグ・ボールゲーム』だ、というタイトルの署名記事が八月なかばの『ヘラルド・トリビューン』に掲載されていた。まさにそのとおりだ。喜んでマイナー・リーグの試合を見にいこう。僕はじつはメジャーよりもマイナーのほうが好きだ。アメリカのなかに住み、そこで生活を送っているわけではない僕にとって、年ごとのベースボールの出来事と自分の個人史が分かちがたく重なり合う、ということはあり得ない。もし公式試合を見るなら、文脈の外からあるとき突然に文脈のなかに一時的に入り込むことになる。それにはメジャーよりもマイナーのほうがはるかに適している、と僕は昔から感じている。

 マイナー・リーグの入場料は五ドルでお釣りが来て、飲み物を買うことが出来る。広い駐車場は無料だ。地元の企業がひと試合を買い上げるフリー・ナイトには、入場料はただになる。いつもは二百人ほどの観客が、フリー・ナイトにはその十倍ほどになる。

 アメリカという国の農業国的な田舎の部分と、シティ的な部分との、歴史的に伝統のある接点のなかの非常に大きなひとつが、ボールパーク(球場)だ。昔からあるボールパークも、そして新しく出来たボールパークも、そのような接点としての機能を、現在も発揮し続けている。その接点の機能をもっとも原初的な場やかたちで体験することが出来るのは、マイナー・リーグのボールパークだ。

 技量の発揮のしかたにむらがあるがゆえに、いまはまだマイナーでプレーするほかないプレーヤーたちの動きを、好みの位置の最前列という、プレーの内部と言ってもいい至近距離から観察していると、ベースボールとはいったいどういうゲームなのか、つまりどう楽しめばいいものなのか、ベースボールというゲームの内側からわかってくる。

 僕の好みのゲームは、Aチームがひとつのイニングのなかで獲得した得点が、対するBチームが九イニングをとおして獲得した得点の合計を越えている、というゲームだ。打たないと、しかも矢つぎ早に打たないと、このようなゲームは生まれない。打つとは、ストライクというものの理解のしかただ。どの打者にとっても、打ちごろの球がある。その打ちごろの球のなかでも、まさに打ちごろの球、それがストライクだ。ストライクとは、投手がストライク・ゾーンのなかのいいところに投げたいい球ではない。ストライクとは打者が打たなくてはいけない球だ。打者は待ってはいけない。投手も、ここはボール球で遊んでみる、などということをしてはいけない。

 かんかん照りの午後、芝生にすわってマイナー・リーグの試合を見ながら、五十四個のアウトがすべて三振というようなゲームを夢想すると、ベースボールというアメリカの世界の内部へ完全に入り込める。五十四個のアウトがすべて三振だと、ゲームのあいだ動いているのは投手と捕手、そして打者だけだ。どの打者も素振りでアウトを作るだけであり、投手と捕手はキャッチボールをしただけに終わる。すべてはまっ平らだ。ボールは投手と捕手とのあいだを、きわめて線形に往復しただけとなる。これとは逆の世界のすべてが、ベースボールだ。

 投手が投げたボールを打者が打ち返す。そのとたんに、すべてのものが魅力的な立体として立ち上がる。その立体のなかで、ボールはそれ自体の命を獲得する。野球ではなにが起こるかわからない、と日本語でも言うが、その真の意味は、ボールが獲得するそれ自体の命と動きのことだ。

 打者がボールを打ったとたんに生まれるベースボールという立体世界の、もっともわかりやすい頂点は、度肝を抜くようなホームランだろう。中間的なところで立体を支えるのは、目の覚めるようなヒットだろうか。そしてもっとも基本的なところでこの立体にとっての土台となっているのは、的確で敏速な処理によるアウト、あるいはその反対の、よもやのエラーだ。打たれたボールはすべて生き物になるが、もっともベースボール的に生きているのは、エラーを引き出したときのボールではないか。

 ベースボールの楽しみかたを、僕はマイナー・リーグの試合と数多くのすぐれた参考書で知った。メジャー・リーグの試合は、そのようにして僕が知ったことの、何度繰り返してもそのたびに胸のときめく、確認だ。ベースボールというゲームの立体感に関して、いま僕は残暑の東京の片隅で復習をしようと思う。二年ほど前、おなじ東京の別な片隅で買った、『ベースボール この完璧なるもの』という一冊の素晴らしい本が、復習のリードをしてくれる。

 この本は本当に美しい本だ。ダニエール・ワイルという女性の写真家が撮影した数多くの写真がデュオ・トーンで再現してあり、デイヴィッド・ハルバスタムが文章を寄せ、ゲームそのもの、ボールパーク、試合前のウオーム・アップ、スプリング・トレーニングなどについて、ピーター・リッチモンドが書いている。ふたりの男性たちの文章は、言いたいことをあますところなく言っている。そしてダニエールの写真は、それをさらに越えている。

 ベースボールの立体世界を、これ以上ではあり得ないほどに正確な遠近法で、的確に冷静に、そして美しく端正に、彼女の写真は抽象化している。ゲーム以外の光景、たとえば用具を撮った写真もスタジアムを撮ったものも、ものの見事にそれぞれの核心を彼女はカメラでとらえている。ゲームを撮影するとき、なぜ彼女はこれほどまでに正確で絶妙なタイミングで、シャッター・ボタンを押すことが出来るのか。

 投手が投げたボールを打者が打ったとたんに生まれる立体世界の、ものすごく美しくわかりやすい一例を、ダニエールは一点の写真で見せてくれる。八十二ページの縦位置の写真だ。一九九〇年七月、ヤンキー・スタジアムでおこなわれたシカゴ・ホワイトソックス対ニューヨーク・ヤンキースの試合のなかで、当時のヤンキースで53の背番号をつけていたプレーヤーが、内野の上空に日本語で言うところのポップ・フライを打ち上げたその瞬間の様子を、ダニエールは一点の写真にとらえている。

 ネット裏と言われている席の、まさに正解としか言いようのない高さから、画面の下半分のまんなかに、彼女はホームベースをとらえている。かなり左に寄った位置だ。ホームベースとバッター・ボックスを中心にした円形の土の部分のなかに、アンパイア、捕手、そして凡フライを打ち上げた打者がいる。投手と一塁手が、上がった打球を仰ぎ見ている。一塁には走者がいた。彼は二塁に向けて走ろうとしている。二塁手が打球の落下地点へ向かおうとしている。打球はひょっとしたら内野を越えていくのかもしれない。右翼手がおなじく落下地点へ向けて、全力で走り出している。

 一塁に走者、そしてごく平凡なポップ・アップ。メジャー・リーグのゲームのなかで、何回繰り返されたかわからない、平凡と言うなら確かに平凡な、立体化の瞬間だ。しかしその平凡さを被写体にして、ダニエールは立体化の瞬間の神髄を、確実にフィルムの上に固定している。画面のなかにいる八人の人たちのどの動きも、たいへん美しい。画面の上方にはフェンスと外野席が映っているが、席のなかのどの観客の姿勢も、おそらく正解なのだろう。

 打たれたボールが高く上がるという、立体化の瞬間の平凡な一例は、正確無比な遠近法のなかで撮影されたダニエールの写真によって、あっさりと時間を越えてしまった。少なくともベースボールの歴史のなかでは、この一点の写真は不滅の位置を獲得している。ベースボールというゲームの基本理念が、見て鳥肌の立つほどの正確さで、ひと思いに抽象化されたからだ。

 ベースボールというゲームが立体性を獲得する瞬間の、見事な抽象化であるこの写真を見ていると、過去におこなわれたすべてのゲームが、時間をかいくぐって現在に到達している様子を僕は全身で感じる。過去とは要するに膨大な時間の蓄積であり、その膨大な時間の塊は、もっとも近いこちら側では、現在という突端を持っている。過去のすべてのなかをまっしぐらに駆け抜けて現在に到達する性質、あるいは逆に、現在のこの一瞬が、一瞬のうちに、過去のすべてのなかを走り抜けてみせる性質、そのような性質をベースボールの時間は基本理念として持っている。

 シティとファームが出会う、コミュニティにとっての祭典場であるボールパークでは、ゲームが立体を獲得する瞬間ごとに、現在は過去のすべてと重なり、過去はそのすべてが現在となって目の前に蘇る。ベースボールの基本理念と根源的な情動はここにある。

 ダニエール・ワイルが撮影したゲームの写真のなかで、どの人もどのプレーヤーも、なぜこれほどまでに優美なのか。写真のなかに固定されたその優美さは、永遠に静止したかたちでしかないが、飽きることなく観察している僕の頭のなかでは、静止した写真は動きを持つ。あのときのあのゲームのなかでのあの瞬間、という具体的な個別性を離れて、さきほど僕が書いたような、時間を超越した基本理念や根源的な情動などの具現としての優美さを、僕はその動きのなかに見る。プレーヤーたちの動きの優美さは、ホーム・ベースから一塁までの距離が持つ優雅さと、立体的に密接に関係していると僕は思う。あの距離の優雅さについて僕に最初に教えてくれたのは、僕の記憶に間違いがなければ、ロジャー・エンジェルだった。

『ベースボール この完璧なるもの』にイントロダクションの短文を寄せたデイヴィッド・ハルバスタムも、ダニエールの写真が持つ時間を超越した質について言及している。「私の知っている他のどのスポーツにも増して、ベースボールは過去を想起させる」と、ハルバスタムは書く。ボールパークでシティとファームが接する、と僕は書いたが、過去と現在が衝突するところ、とハルバスタムは表現する。「ベースボールにおいては、他のなににも増して、現在は単なる現在ではなく、それは同時に過去でもある」と彼は言う。

 現在とはすべての過去であり、あらゆる過去が現在を作っているという状態は、明確な歴史観と言い換えることが出来る。望むらくはいつまでも揺らぐことのない、確固たるひとつの視点から時間の遠近法のなかを明瞭に見渡した、明確な歴史観だ。アメリカほど明確な歴史観を持ち得ている国はいまのところほかになく、そのアメリカにとって、現在が常にすべての過去と生きて接するベースボールというゲームほど、アメリカ的なものはほかにない。ここを見落とすと、ベースボールは真には楽しめない。

 ジャーナリストであり歴史家であるハルバスタムは、メジャー・リーグの年代記を自分の個人史と重ねている。根っからのアメリカン・リーグの信奉者であり、ヤンキースの二代にわたるファンである彼は、幼い頃から現在にいたるまで、個人史のすべての節目をベースボールの出来事と重ねて記憶していると言う。明確な歴史観というものの、個人における典型的な例だ。彼の父親が夢中で追った一九四一年のヤンキースのゲームは、五十年後の自分が追うヤンキースのゲームと、ぴったり重なっている。父親像というものは、アメリカではたいへんに大切なもののひとつだ。ベースボールに関する記憶をその中心で支えているのは、ほとんどの人にとって、アメリカでは父親ではないだろうか。

 ダニエールが撮影したボールパークの写真十八点を観察して、僕は僕の現在を過去に重ねる。外野のフェンスが無表情で均一な弧を描かず、少しずつ角度を変えていることがどれだけのスリルを生み出すかなどと考えていると、過去は際限がない。リグレー・フィールドの写真が一点ある。外野席の右翼側のいちばん手前、団体席に向けてクランクになって引っ込むところという、おそろしいほどの正解である場所を、ダニエールは撮影している。この席で僕はカブスの試合を見たことがあるよ、ミシガン湖から風が気持ち良く吹いてきて、初夏の晴れた日のアメリカの午後を過ごす場所としてここは最高だよ、と僕は写真のなかの一点を指先で押さえる。外野のフェンスは名物の蔦で深く覆われている。

 なにしろベースボールはアメリカそのものなのだから、ボールパークがきわめてアメリカ的な時空間であることには、なんの不思議もない。由緒ある昔の球場でも、新しく出来たばかりの球場でも、そのことには変わりはない。リグレー・フィールドは、その典型例のひとつだ。

 試合のある日は、試合の前一時間、そして試合のあと九十分だったと思うが、高架の電車がアディスンという駅に停車する。ここで降りてシェフィールド・アヴェニューを越えると、目の前にリグレー・フィールドがある。ゲートFから入ってアッパー・デッキまで上がり、さらにその上にあるアッパー・デッキ・リザーヴドの中央に、プレス席がある。

 ここから真正面にホーム・ベースを見下ろし、二塁を越えてセンターへ、そしてブリーチャーズの向こう、ミシガン湖の西側の一角を東北に向けて遠望するのは、文芸的な言いかたでも極端な言いかたでもなく、アメリカを見ることそのものだと僕は思う。父親を中心軸とした、明快に見通すことのいつだって可能なすべてのアメリカの過去が、あらゆるボールパークのなかにある。

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 一九九四年のアメリカの大リーグ野球は、プレーヤーたちのストライキによって夏から中断したままだった。話し合いはまとまらず、ついにそのままゲームなしのシーズンになることにきまった。夏の男たちは、夏のさなかに、ボールパークではないところで、野球以外のことをしている。ワールド・シリーズもおこなわれない。

 ワールド・シリーズがないのは、九十年ぶりの出来事だという。十年おまけして、百年に一度という種類の出来事を、いまアメリカは体験している。百年に一度の出来事というものは、時代の大きな曲がり角において生まれると仮定するなら、アメリカはいま大きな曲がり角のなかにいる。野球にとっての曲がり角ではなく、アメリカのアメリカらしさそのものにとっての、曲がり角だ。

 大リーグ野球のプレーヤーたちは報酬の無限上昇を要求し、それをアメリカン・ドリームなどと呼んでいる。報酬には上限を設けたいとする球団オーナーたちとの話し合いは決裂し、ストライキとなり、どこのボールパークも空白のまま、今年のシーズンは終わろうとしている。プロ野球の報酬の無限上昇が、アメリカという国でかなう夢であるとは、なんとも幼稚で時代錯誤な認識と言わなくてはならない。なにごとにも地球規模で上限が厳しくつく時代に、世界はとっくに入っているというのに。

 メジャーのボールパークはただの空白でも、マイナー・リーグは大人気でどこも盛況だ。いつかかならず、ひと夏をアメリカの3A野球めぐりで送ろうと念願している僕にとって、七回のストレッチのテーマ・ソングは、現場に身を置く前から、『テイク・ミー・アウト・トゥ・ザ・マイナー・リーグ・ボールゲーム』となった。そしてそれはそれでたいへんに喜ばしいことだ。

 野球はアメリカのものだ、野球はアメリカそのものだ、としばしば言われている。これはどういう意味だろうか。子供の頃、まずたいていの男のこは野球をする。プロのプレーヤーに憧れ、自分もなりたいと思い、好きなチームを応援する。大人になっても野球は好きであり、ひいきのあるいは地元のチームが勝てば喜ぶ。しかし、野球はアメリカそのものだと言うからには、野球と人々の関係は、とてもこの程度の浅さにとどまるものではないはずだ。

 アメリカに生きる人たちにとって、その日々は、よりアメリカ人になっていく日々だ。野球との関係は、自分がいかによりアメリカ人となったかを計る、自分史の年表だ。たとえば日本との戦争前に物心ついた人にとって、父親というものは昔の時代の父親らしい父親であり、その父親はいつもラジオで野球の中継を聞いていた。実況アナウンサーの声を頼りに、彼は真剣さそのものでゲームの展開に加担していた。少年としての息子が、そこから強い影響を受けないはずがない。少年は父親からキャッチボールを教わり、野球に関してさまざまな知識を受け取り、ため込んでいく。父親という人、そしてその息子である自分という人の歴史のなかの、記憶すべき出来事のひとつひとつが、あの年のあのゲームのあの場面と、分かちがたく結びついていく。

 大人になってもそれは継続される。振り返るに足る過去が、彼の背後に少しずつ蓄積されていく。そしてその過去のなかにある重要な出来事つまり節目は、すべてベースボールというおそらくは唯一と言っていい普遍の中心軸に、ぴったりと沿っている。ベースボールという偉大な普遍のあるおかげで、誰の過去も都合よく整理された浅い主観の物語の羅列になることから、きっぱりと訣別出来ている。過去は振り返りやすい。そして振り返るとそこに見える過去は、ベースボールという基準器に沿っている。過去はきちんと過去になる。ごまかしようはない。

 振り返るたびに、アメリカという自分の国における父親の日々、父親と自分の日々、そして自分の日々を、社会という全体のなかヘベースボールによって、正しく位置させることが出来る。歪められず、ごまかされず、主観に染められることもなく、過去はひとつひとつきちんと過去になる。歴史観は一貫していくと同時に明確なものとなる。歴史と一体になり、歴史も自分も正しいパースペクティヴのなかに置くための、ベースボール。まさにそれはアメリカではないか。

 歴史の遠近法のための唯一の正しい基準が、一九九四年は夏で中断してしまった。そう言えばあれからろくなことがないねとか、あれからいろんなことがおかしくなり始めたんだよ、と人々は将来というやがて来る時間のなかで、語り合うことになるのだろうか。ろくなことがない徴候、おかしくなり始める徴候は、ずっと以前からあった。それがベースボールという基準器のなかに現れ出てきたのが、記念すべき九四年の夏ということだ。

 現在を基準にして考えると、ベースボールに沿った歴史が三代も続くと、それはたいそう好ましい見本のようになると僕は思う。一九四〇年に生まれた息子など、背景はたいへんな時代だし、区切りやすい年号だからとてもいいのではないか。父親は一九一〇年前後の生まれだろう。そして彼の息子つまり三代目は、二十代前半の青年として、どこかの3Aにいたりするかもしれない。ベースボールは基本的には父親のものだ。父親は仕事をする人であり、アメリカは仕事をする人の国だ。ベースボールは父親のもの、そして父親と息子のものだ。その間、母親と娘は、どこでどうしているのだろうか。彼女たちには、なにがあるのだろうか。

 フットボールもアメリカそのものだと言われることがありますが、フットボールとベースボールとではいったいどう違うのですかと質問されたなら、フットボールは単なる男たちのものだと、まず僕は答える。ベースボールは父親という社会的な役割を持った人たちのものであり、それゆえにそれは、社会全体のなかに自分を正しい遠近法で置いていくための、普遍的な基準器として機能する。

 しかしフットボールは、父親という役割とは関係ないという意味で、単なる男たちのものでしかない。その男たちは、それぞれに特種な技能別の職能集団に身を置く人であり、作戦に沿って的確に行動するから、たとえるなら軍隊だろう。単なる男たちのマーチョな部分が、職能と作戦によって限度いっぱいに拡大されるという、自己破壊的な性質をフットボールは基本的に持っている。

 ベースボールは単なる勝った負けたではない。誰がホームランを打ったかでもない。ひいきのチームの順位の浮き沈みでもなければ、監督の交代劇などでもない。どのような状況のなかで、誰がなにを考え、それをどうアクションに移したか。それがベースボールの出来事だ。出来事は非常に多くの場合、結果として記録される。しかし、ベースボールの出来事は、結果だけではない。現在を確認し、未来を計る確実な指標として、その機能を永続させていく。単なる記録、つまり単なる過去には、それはけっしてならない。あらゆる期待と興奮が、そしてすべての喜びと落胆が、すべて正しい遠近法のなかにしっくりと落ち着く。ベースボールというゲームが持つ不思議な優雅さは、このあたりから生まれてくる。

 練達の投手が投げ込んでくるあの小さなボールを、あの細いと言うなら確実に細いバットで叩き返し、ヒットやホームランにするのは相当に難しい。そして打者が打たないことには、ベースボールではいっさいなにごとも始まらない。打たれたその瞬間から、そのボールは、たとえどんなに平凡なキャッチャー・フライであっても、それ独自の命を持って動き出す。ベースボールという繊細なゲームの核心はそこにある。

底本:『日本語の外へ』角川文庫 2003年


『日本語の外へ』 アメリカを知っているのか?
2018年7月20日 00:00
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