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もっとも良く送られた人生

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この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──遠近法のなかへ」
に収録されたものです。

 アメリカというシステムは、世界じゅうから才能のある人材を集めるシステムだと理解すると、それはもっとも正解に近い。それぞれに独特で優秀な人材を、適材適所でフルに使い抜くことがものすごく巧みであるシステムだ。システムの全体がおそろしいまでに開かれているから、こういうことが可能になる。優秀な人材が世界から集まり続けるところには、当然のこととして資本も集まる。人材と資本に困ることがなく、それらを巧みに使っていくシステム。それがアメリカだ。

 資本の市場での、資金の配分に関する効率は、世界でアメリカがずば抜けて高い。そうしようとしたからそうなっているのであり、金融システムはただ単にいろいろあってすべて自由というだけではなく、その裏にはなにごとにも揺らぐことのない強靭な革新性が常に心棒としてとおっている。ヴェンチャー・キャピタルの現実など、日本を判断の基準にして観察すると、信じられない別世界のようだ。

 これでは駄目だとわかってからの、やりなおしや立ちなおりの素早さと周到な革新性は、システムの根本的な作り換えに関して、最大限の機能を発揮する。大企業による長期にわたる研究と開発の結果として生み出されてくるものも、革新性を基本的な共通点として持っている。これからは一般的には見えにくいところで、そのような革新性が具体的に実を結んでいくはずだ。裾野の広い基礎研究と開発は、アメリカにとっての知的な資本蓄積の土台だ。社会的な資本とは、単に資金やインフラストラクチャー(経済基盤)だけではない。革新していく知的な発想力、という資本が土台にないかぎり、どんなことも健全には機能していかない。

 アメリカというこのようなシステムは、人生を経営的にとらえる人にとっては、理想郷だと言っていい。考えられるかぎりのすぐれたアイディアを、どのようにして最善のかたちで実現させるかが、もっとも良く送られた人生であるという考えかたにとって、アメリカは理想の地だ。企業にとっても、そのことは変わらない。

 アメリカは債務国として世界じゅうに赤字をばらまき、ドルはいまや一触大暴落の危機をはらんでいるというような通説は、世界スケールでひとつに集めたアメリカの力の内側から見直すと、なんの説にもならないことが多い。世界じゅうのアメリカ国籍の企業をまとめると、アメリカは赤字ではなく黒字だし、その競争力は世界のなかでいまも最強だ。ドルは安定している。価値の下がりようは、この二十年で十パーセントほどだ。国際通貨としてのドルの地位は変わらない。円から見たドルは世界のすべてだが、ドルから見ると円はいくつもある通貨のうちのひとつであり、たとえば円高ドル安はそこでのことにしか過ぎない。

 他の国がどれもなんらかの意味においてアメリカにおよばないから、アメリカのシステムの良さや強さはそれだけ増幅される。世界でいまのところもっともすぐれたシステムであるアメリカにくらべると、たとえば日本は、駄目の見本としてユニークな極にあると言っていい。世界でもっともすぐれた、もっとも強いシステムとは、それが生まれてくるにいたる根源的な地点までさかのぼるなら、自由ですぐれた独創、というものだ。自由ですぐれた独創は、まず最初に、あるひとりの個人の頭のなかに閃く。自由ですぐれた個人的な独創は、異質な者どうしが交わす無限に近い対話のなかから生まれてくる。

 こういうシステムだからこそ、アメリカは二極へ分化していく。二極分化への決定的な傾向を、その基本的な性質のひとつとして、アメリカは最初から持っている。はっきりとふたつに分かれていくアメリカから世界を見ると、世界もまたはっきりとふたつに別れつつあるのではないか。落ちていく側はとめどなく落ちる。凡庸な中加減ではこれからの世界を上位で渡っていくことは出来ないことを、落ちない側の高度な人たちは知り抜いている。

 アメリカの経済とは、大衆による大量生産と大量消費だった。世界最強の軍事および政治の力が支える経済として、それは隆盛をきわめた。作り出され消費され続ける商品は、同時にイメージでもあり、そのイメージとは、アメリカが唱え普及させたデモクラシーだった。アメリカの力は、経済システムや商品を世界に広げ、そのことと同時に、デモクラシーも世界に広げようとした。そしてそれは、事実かなりのところまで広がった。

 アメリカというシステムにとって、もっとも大事なのはおそらくここだろう。到達し完成することなどありっこないデモクラシーという理念を、世界に向けて掲げ続けたこと。それがアメリカにとってもっとも大事なことであり、そのこと自体がアメリカだった。デモクラシーは幻であり、その幻にとってもっとも大切なものは、個人の頭にすぐれた独創が閃くチャンスを最大に広げることだった。そしてその独創を実現させるための、ありとあらゆる支援という社会的システム、さらにはそれが失敗したときの再挑戦への、開かれた道だ。

底本:『日本語の外へ』角川文庫 2003年


『日本語の外へ』 アメリカを知っているのか?
2018年7月11日 00:00