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十年に一度の面白さと言っておこう

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〈書評〉マイク・モラスキー著呑めば、都 居酒屋の東京

 日本の国立大学で教授として教えている著者のマイク・モラスキーさんは、教職員の健康診断の一部分として病歴や生活習慣などについて自己申告する書類のなかで、「酒の量」という項目の、もっとも多い量である「三杯以上」という選択肢の「杯」の字を「軒」に書き換えて提出した、というエピソードを持つ。一軒で七杯呑んだとして、三軒では二十一杯ではないか。

 初めて日本に来た昭和五十一年から現在までに積み重ねた、都で呑むというフィールド・ワークの果てに、自分は「ニッポン居酒屋ナショナリスト」あるいは「赤提灯国粋主義者」になったと宣言している。「世界のどこに行っても、ニッポンの赤提灯にまさる呑み屋文化はあるまい」と彼は言う。

 その彼が東京で赤提灯や居酒屋を呑み歩いた、素晴らしい読み心地の記録文による一冊の本が、ここにある『呑めば、都』だ。駅前の商店街を歩き、煎餅屋があれば買い求め、古書店を見つけるとかならず入ってなにかを買い、脇道や路地を探訪しつつ呑み屋を下見し、神社や寺の境内で一服するか、感じのいい喫茶店があればそこでコーヒーで憩いつつ、書店で買った本のページを繰る。

 そしてやおら赤提灯ののれんをくぐり、カウンター席にすわり、ちびりちびりとやりながら、店の造作を観察し客たちの会話に注意を向ける。「この商店街ほど戦後闇市時代の〈空気〉がいまだに濃く漂っている場所はめずらしい」と彼が書くみぞのくち西口商店街の呑み屋の話から、この本は始まる。大学教授としての彼の研究分野は、日本の戦後における大衆文化の歴史なのだ。

 かつての闇市でもっとも多く使われた建材はトタン板ではなかったか、と彼は書く。そのトタン板が、溝口西口商店街の、屋台ないしは小屋のような呑み屋に、いまも豊富に使用されている。そんな呑み屋で山形の地酒の見事な品ぞろえに出会う。すぐ脇の線路を走る南武線の電車による振動が、薄いベニヤ板のカウンターごしに彼の体に伝わり、その体のなかに呑み下した酒と美しく共振して、絶妙の快感となる。

 この本の著者であるマイク・モラスキーは、すでにとっくに、このような境地に到達している。赤提灯や居酒屋とはなにか。それは「東京の都市文化における貴重な〈文化空間〉」であり、その「空間の機能や役割などを考察する」出発点としてのこの本は、「町と酒場に関するエッセイ集」だ、それが面白くないわけがない。酒や裏町について文章を書く人は東京にたくさんいる。しかしこの本のような面白さに出会えるのは、十年に一度あるかないかだ、と言っておこう。

 溝口。府中。大森。平和島。大井町。洲崎。木場。立川。赤羽。十条。王子。お花茶屋。立石。西荻窪。吉祥寺。以上のような区域にわたって彼がおこなったフィールド・ワークは、いまの彼が住んでいる国立へとおよぶ。

 彼にとっては愛憎なかばする国立に林立する、フレンチ、イタリアン、ブーランジェリ、カフェなどで必ずや遭遇する、ママ年齢の女性客たちの会話言語の特徴のひとつに言及した部分は、特筆に価する。

 彼女たちが相手の言ったことに同意するときに発する、あたりはばかることのいっさいない、無教養に甲高くてしかも突如放たれる「そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう」という、「そう」の七重反復について、彼は批判を込めて考察している。「そう、そう」の二重反復が一単位となって三つ重なり、最後の「そう」に注ぎ込まれる。「そう、そう、そう、そう、そう」と、五重になる場合もある、と僕がつけ加えておこう。「そう、そう」がふたつ重なり、最後の「そう」を極限まで念押しする。このふたとおりを僕は密かに、七五調と呼んでいる。「モラ様」はなんと呼ぶだろうか。

出典:『週刊朝日』2013年4月12日号


『週刊朝日』 片岡義男の書評
2018年4月20日 00:00
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