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父親と息子のハードボイルド人生

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 スティーヴン・ハンターのペイパーバックが八冊、今回の写真のなかにある。アール・スワガーという男性と、その息子であるボブ・リー・スワガーを主人公にした、時間軸と物語が父と息子の二代にわたる、たいそうラギッドにハードボイルドな、サスペンス小説のシリーズだ。ハンターにはこのシリーズ以外にも作品がある。この写真を撮ったすぐあと、ボブ・リー・スワガーのほうを主人公にした二〇〇八年の最新作『七人目の侍』が、ペイパーバックに加わった。

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 このシリーズの第一作は一九九三年に刊行された『ポイント・オヴ・インパクト』だ。ペイパーバックになったときの初版と、『ザ・シューター』という題名で映画になったのをきっかけとして再版された二〇〇七年のペイパーバックが、写真のいちばん左で重なり合っている。だからアール・スワガーとボブ・リー・スワガーの物語は、二〇〇八年現在で八作あることになる。

 第一作『ポイント・オヴ・インパクト』の冒頭に、主人公のボブ・リー・スワガーが、雪の降り積もる十一月のアーカーンソー州の山のなかで、鹿を射つシークエンスが詳細に描かれて静かな迫力を放っている。ボブ・リーはかつてアメリカ海兵隊で狙撃兵を務め、ヴェトナム戦争の現場でボブ・ザ・ネイラー(仕留め人のボブ)と呼ばれたほどの、優秀で伝説的なスナイパーだった。狙撃とそれに使うライフルそして弾薬とが、いまや彼の心身両面に深く浸透していて、彼という人そのもの、さらには彼のたどる人生の物語のすべてをかたち作り支配する、核心的で根幹的な原動力となっている。そのような彼の性格設定として、雪山のなかでの鹿狩りが、これから始まるすべての物語の基本的な性質を予告するかのように、細密に描かれている。このような冒頭はたいそう珍しいのではないか、と僕は思う。

 狙撃者は狙撃という仕事のたびに、自らを狙撃の現場と緊密に一体化させなくてはいけない。地形や気象状況、特に風の吹く強さと方向、目標物をどの距離からどんな角度で捉えるのか。自分はどの程度まで身を隠すことが出来るのか。狙撃のためのもっとも有利な姿勢を取るスペースが確保出来るのか。現場から敏速に立ち去るためのルートはあるのか。狙撃のためのもっとも正しい一瞬に向けて、こうしたいくつもの要素が狙撃者の頭のなかで緻密に、用意周到に組み上げられていき、その頂点に狙撃者は身を置く。そして目標物が想定どおりの場所にあらわれるのを待つ。

 アーカンソーの厳しい冬、雪の降りしきる日、山のなかでボブ・リーはライフルとともにひとりで待っている。防寒の衣料は身につけているものの、寒さは体の芯に到達してそこにとどまって、彼の心身を麻痺させる。彼は微動だにしない。可能な限り動きを抑え、呼吸は最小限にとどめ、大地や周囲の樹木に体を溶け込ませるように、そこからほとんど消えてしまったかのように、自分という存在を抑制する。五感を研ぎ澄ませた緊張だけの、ほとんど抽象的な存在になりきって、獲物の鹿を彼は待つ。ここでこの角度であそこを見ていれば、獲物はいずれかならずその場所に姿を見せるという、膨大な体験に裏付けられた科学的な確信が、雪のなかの彼を支え続ける。

 鹿はあらわれる。見事な角を頭に生やした立派な雄鹿だ。動きと音を最小限に押さえてボブ・リーはライフルを構え、スコープのクロス・ヘアに鹿を捉え、引き金を絞る。限りなく軽く滑らかに、そしてすっきりと、無駄な抵抗いっさいなしに、引き金が折れたような感覚があるという。弾丸は発射され雄鹿の頸骨の、ボブ・リーが狙った特定の箇所に命中する。

 特別に工夫されたプラスティックの弾丸は、頸骨を砕いてそのなかにめり込み、首ぜんたいを破壊する、というような働きをしない。頸骨のその部位に強い衝撃をあたえるだけだ。命中と同時に炸裂した弾丸から、ピンク色の粉末が飛び散り、命中したことを射手に伝える。頸骨のその部位に強い衝撃を受けると、雄鹿の歩行神経が十五分ほど麻痺する。地面に転がった鹿は、暴れることは出来ても立ち上がって走ることは出来ない。

 その十五分ほどのあいだに、鹿の頭に生えている左右のりっぱな角を、ボブ・リーはナイフで根元から切り落とす。角は灌木の茂みのなかへ放り捨てる。鹿の麻痺した神経はやがて回復する。立ち上がった鹿は雪の降る山のなかへ、一瞬のうちに姿を消す。狙撃の現場を離れて二十年、犬とライフルだけを友にして、トレーラー・ハウスでひとり生きるボブ・リーが、いまなお狙撃者としての使命を果している様子を、このシークエンスは語っている。同時に、スナイパーとしてのボブ・リーの一流のプロフェッショナルぶりや、使命を完璧に果たすことへの忠実さ、そしてその行為の積み重ねをとおして彼の内面に蓄積された正義感をも、スティーヴン・ハンターはあわせて語ってもいる。

 狩猟が解禁になるとどっと押し寄せるハンターたちのなかに、トロフィー・ハンターと呼ばれる男たちは多い。トロフィーとは戦利品あるいは勝利の記念品の意味だが、狩猟の記念という意味もある。射ち殺した動物の首から上を剥製にし、額縁をつけて自宅の壁に飾って得意である、という種類のハンターが、トロフィー・ハンターだ。トロフィーとして誰もが大きな価値を認める立派な角を生やした鹿は、狩猟のシーズンとともにその命は風前の灯火となる。ボブ・リーにとっては許し難い種類の男たちであるトロフィー・ハンターの犠牲になる運命をあらかじめ避けるための手段として、ボブ・リーは雪山のなかで何時間も待ち続けてついにあらわれた鹿を特殊弾で一時的に麻痺させ、トロフィーを切り取ってしまうという、自らに課した使命を完遂した。

 ボブ・リーの父親も、太平洋戦争で硫黄島の上陸戦に参加した、海兵隊員だった。コングレッショナル・メダル・オヴ・オナーという叙勲を受けて兵役を終えてからは、アーカンソー州の州警察官を務め、一九五五年、息子のボブ・リーが五歳のとき、殺人から万引きまであらゆる犯罪で人生を作ってきた、若いホワイト・トラッシュに射たれて命を落とす。この父親と息子のボブ・リーは、性格を含めたその造形がほとんど相似形であり、おなじようなふたりの男性が、父親と息子という結びつきのなかで、ひとりでは不可能な長い時間のなかで、いくつもの物語の主人公を務める、という仕掛けを著者は編み出してひとまずは成功させた、と僕はひとりの読者として判断している。

 太平洋戦争が終わった次の年、一九四六年を背景にして、『ホット・スプリングス』という物語をハンターはアール・スワガーを主人公にして書いている。そしてそれよりも前、一九九四年には、オクラホマ州ハイウェイ・パトロールのバッド・ピューティという男性を主人公とした、『ダーティ・ホワイト・ボーイズ』という作品を書いた。バッド・ピューティはアール・スワガーとまったく相似形であり、体験するハードボイルド物語も、アール・スワガーの物語と同質だ。このバッド・ピューティの息子が大学を出て新聞社勤めのジャーナリストとなり、第一作の物語を体験したあとのアール・スワガーを訪ね、あなたを取材して一冊の本を書きたい、と申し出る。これを発端としてアールは、射殺された父親がじつは狙撃者に周到に狙い射ちされた事実を発掘し、その真相へと迫っていく物語を、ハンターは一九九六年に刊行している。父親とその息子という時間軸は、こうした工夫の効いた設定により、時間軸を横に向けても広げている。

出典:『Free&Easy』2009年1月号


『Free&Easy』 ハードボイルド 本を読め
2018年3月23日 00:00
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