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LAノワールの闇を歩こう

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 僕が持っているペイパーバックの山はいくつかに分かれている。そのうちのひとつはミステリーだ。密室殺人の謎を老婦人が解いたりする古典的なミステリーには興味がないのだが、それ以外ならすべて買うことにきめて買い続けてきたら、ミステリーのペイパーバックの山は険しい山脈のようになってしまった。その山脈を、つい先日、僕は踏破した。

 ミステリーの山脈のなかから、カリフォルニアのLAを舞台にしたものを選り分けて別の山脈にしてみよう、と思ったからだ。なぜそんなことを思ったか、その理由は単純なものだ。LAを舞台にしたミステリー小説の山のなかから、これはと思うものをかたっぱしから読んでいき、良く書けているものだけを残し、それらの作品群によって、LAノワール傑作選、と呼べるはずの小ぶりな丘陵地帯を作ってみたい、というアイディアがふと頭の片隅に生まれたからだ。

 LAノワール傑作選。いいではないか。読んだ僕の判断によるLAノワール傑作選という丘陵地帯が、一冊また一冊と、ペイパーバック山脈のかたわらに生まれていく。ある程度の冊数になったなら、適任の翻訳者たちを得て日本語へと翻訳し、シリーズとして出版していくことも、どこかの出版社に提案することが出来るではないか。

 ミステリーのペイパーバック山脈に踏み込み、LAものを選び出す作業を始めてすぐに、『ドラグネット 1968』という作品を見つけた。今回の集合写真のなかでそれはいちばん左にある。アメリカのTVで放映された番組をもとに小説にしたものだ。『ドラグネット』としては二代目で、主人公のLAPD刑事ジョー・フライデーを演じたジャック・ウェッブとともに表紙にいるのは、フライデーのパートナーのビル・ギャノンを演じたハリー・モーガンだ。初代の『ドラグネット』でビルを演じたのはベン・アレグザンダーだった。初代『ドラグネット』は日本では一九五二年から五七年にかけてNTVで放映された。最初は『ドラグネット』という題名だったが、のちに『刑事フライデー』と改められた。

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 LAノワールと僕が呼ぶミステリー小説群の中心を構成するのは、ロサンジェルス市警察の刑事や警官たちを主人公にした、LAPDものであることは間違いない。ミステリー小説の舞台として、LAを越える魔界を僕は知らない。地形的にも内容的にも、これほど魔界を創作しやすい場所は他にないと言っていい。そのLAを現実にあるとおりに舞台とし、LAPDの機構や機能もほぼ現実のままに小説のなかへ取り込み、実際にあった事件を参考にしながら、架空の刑事や警官たちを主人公にして、ドキュメンタリーの感触をある程度まで維持しつつ、LAPDによる捜査の動きを謎解きの進展と巧みに重ねた小説は、たくさんあるはずだ。

 TVの初代『ドラグネット』を材料にして小説化されたペイパーバックを、一九六十年代の初めに僕は何冊か読んだ。面白く読んだ記憶がある。LAノワールの中核となるべきLAPDもののはしりは、『ドラグネット』を小説にしたあの何冊かのペイパーバックだったのだ、といま僕は思う。『ドラグネット 一九六八』の小説化を引き受けたデイヴィッド・H・ヴァウエルという作家の、『暗殺者』というオリジナル作品を見つけた。現実にあった事件をもとにしているという。一九七五年の作品だ。当時のLAのあちこちがそのまま舞台になっている。それを読むだけでも面白いし、ぜんたいの出来ばえも悪くない。幼い頃に母親が原因で家庭の崩壊を体験し、それ以後はつらい状況のなかで育っていまは負け組の中年男となった男が、家庭を崩壊させている女性たち、さらには家庭を持ったならかならずやそれを破壊させるであろう女性たちを、天誅としてライフルで射殺していく。その連続殺人をLAPDの刑事が解決に導いていく、という内容だった。

 写真のなかで左から三冊目にある『イエスタデイは死んだ』は、ダラス・バーンズという作家の一九七六年の作品だ。現実のLAを舞台に、LAPDが強姦殺人犯を追い詰めていく話だ。この作品以前に、おなじくLAPDものとして、ふたつの作品があるという。LAノワールのひとつのありかたとして、LAPDものがはっきりとあらわれ始めたのが、この頃だったのではないか。初代『ドラグネット』のノヴェライズでは、余計な感情を書き込んだりせず、捜査の進展を淡々と描いていく、という方針で足りていたが、七十年代のなかばになると、事件そのものとその描写の凄惨さは桁違いに高まっている。それと同時に、事件を追う何人もの刑事たちの、個人的な内面や事情も、かなり細かく描かれるようになっている。

 ペイパーバックのミステリーの山からLAPDものを選び分けていると、LA以外のさまざまな都市のポリース・デパートメントものがたくさんあることに僕は気づいた。だからそれらをまた別の小さな山へと、僕は積んでいった。積んだだけでは気持ちが収まらないときがある。そんなときには読むほかないから、マイケル・サンモンという人の『ダーティ・サリー』をまず読んだ。一九八八年のテキサス州オースティンを舞台に、オースティンPDの殺人捜査課の刑事たちが活躍する。小説の発端になり得るものかどうか、ぎりぎりのところだろうと僕が思うような、じつにつまらない小さな私利私欲から、一連の殺人事件が発生していく。なにかのためにひとりを殺すと、そこから展開した次のことのために、もうひとり殺さなくてはいけなくなる、という殺人の連鎖だ。殺しかた、そしてその死体の利用のしかたなど、その凄惨さは八十年代の終わり近くにはここまで到達していた。

 ドナルド・ハルスタッドの『イレヴン・デイズ』も一九八八年の作品だ。アイオワ州で実際にあった出来事をもとにした作品だという。何人もの人が殺されるが、この殺しかたもすさまじい。とにかく目茶苦茶に殺す、という言いかたしか僕には出来ない。事件の核心にあるのはサタニズムなのだから、なにがどうなっても不思議ではない。これはいったいどういうことなのだろうか、という興味に読者の僕は支えられ、無駄のない書きかたのなかを、あっけにとられながら最後まで読んだ。サタニズム、つまり悪魔主義は、キリスト教のきわめて粗野なパロディのようなものだ。アメリカは宗教国家だ、という言いかたを最近はしばしば目にする。宗教というひと言のなかには、サタニズムも含まれるとは。

 集合写真のなかで手前に横たわっている赤い表紙のペイパーバックは、ジョーゼフ・ワォンボウが二〇〇六年に発表した『ハリウッド・ステーション』だ。LAPDものの書き手としてまっさきに名前があがるのが、このワォンボウだろう。作品の数は多い。引退したも同然の状態が続いていたが、久しぶりの『ハリウッド・ステーション』は、大ヴェテランの余裕ある筆致と展開であり、僕は楽しんだ。通常の理解を超えた悲惨な状況からの、緊急避難先としてのブラック・ユーモアは、やや穏やかでほのぼのとすらしているが、健在だ。作品として良く出来ている。LAノワール傑作選に僕が選ぶ最初の一冊は、これにしよう。

出典:『Free&Easy』2008年5月号


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2018年3月9日 00:00
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