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ピア・アンジェリ、一九五三年

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『映画の友』の一九五三年九月号だ。透明なビニールにきっちりと包装され、古書店の棚に納まって確か千円だったと思う。活字びっしりで写真も多く、情報内容のたいそう豊富な様子は、表紙のいちばん上に英語でうたってある、「日本でもっとも先導的な映画雑誌」というフレーズそのままだ。このとき編集長はすでに淀川長治で、彼が大活躍で編集していた様子は、記事を拾い読みしただけですぐにわかる。

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 この出来ばえの表紙を持った一冊の古雑誌、という興味から僕はこれを買った。きれいに晴れて陽ざしの美しい日の午後、僕は表紙を写真に撮って遊んだ。まず表紙ぜんたいの記念写真。そして、一眼レフのファインダー視野をトリミング枠として使いながら、表紙の人であるピア・アンジェリというアメリカ女優の、トリミング複写遊びをひとしきり。フィルムを四、五本、あっと言うまに使いきった。いちばんの正解かと思うのが、次の右側にある。左の、唇から下のアップになっているのは、他の号で見つけたおなじ彼女だ。

 一九五三年の僕はただの子供だった。ピア・アンジェリの名前は知っていたが、出演作を見た記憶はない。ジェームス・ディーンの恋人だった、あるいは彼が一方的に惚れていた、ということだ。好ましいとは言いがたいかたちで、彼女は早くにこの世を去った。

 じつに半世紀も昔に、日本の全国津々浦々の書店に、この雑誌が新刊としてならんだ事実を咀嚼しながら眺めると、ピア・アンジェリの美人ぶりが、ひと味は違ってくる。NHKおよび民間のTVが、本放送を開始したのが一九五三年だった。引き揚げ船というものがまだあった。ふーん、そんな昔か、という感慨すら持てないはずの多くの人には、青山の紀ノ国屋がこの年に開店した、と言っておこう。

 次の年の一月、アメリカのアイゼンハワー大統領は、沖縄米軍基地を無期限に保持することを、一般教書のなかで宣言した。防衛庁と自衛隊がこの年に発足し、自衛権と自衛隊は合憲であるという統一解釈を、日本政府は年末に発表した。

 戦後日本の大衆文化の地下水脈を、一冊の映画雑誌をとおしてほんの少しだけ汲み出す、そこではアメリカがすでに覇権を確立させていた事実が、はっきりと理解出来る。

出典:『Free&Easy』2001年11月号


2018年1月3日 00:00