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アメリカにおけるトマトの色

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 アメリカの大衆向けの、大量生産の規格品としての食品のチャンピオンは、キャンベルのトマト・スープだと僕は思っている。

 一九二一年には、キャンベルのトマト・スープひと缶の値段は、十二セントだった。まずとにかくそれは安い。そしていつどこでも、おなじものが、大量に手に入る。

 それはだから民主主義であると言って言いすぎなら、それはスタートの平等主義ではあるはずだ。ある日の朝、どこで誰が飲んでも、キャンベルのトマト・スープは、おなじキャンベルのトマト・スープなのだから。

 種から栽培、そして収穫まで、トマトはアメリカでは科学製品だと言っていい。科学的な思考と方法の、この領域における粋が、トマト・スープのなかに結集している。加工や流通も、おなじく科学だ。

 科学と民主主義、あるいはスタートの平等主義。それはまさにアメリカではないか。太陽の光を存分に吸ってまっ赤に熟したトマトは、科学と民主主義を体現して、缶に入ったスープとなる。

 かつてカリフォルニアで、僕はトマト畑を観察したことがある。見渡すかぎり地平線まで畑であり、そこにはトマトが熟していた。収穫の時期だった。収穫してトラックに積み、水路あるいは運河のように見える河まで運び、そこで巨大なトマト箱のような船に積み替え、加工工場のある場所まで河を下っていく。

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 大きなトラックが次から次へと何台も、赤いトマトで満杯になる。それらのトラックの荷を集めて、船もまたトマトでいっぱいになる。これはみんなケチャップになるんだよと、トラックの運転手が言っていた。

 畑で完熟させることによって、トマトの味を限度いっぱいに作ってから収穫する、とも言っていた。完熟で収穫するから、加工工場へ運んだときに表皮が裂けていたりしないよう、皮の強い品種を選んで改良を重ねた結果の、皮の特別に強いトマトが、そこでは栽培されていた。

 まっ赤に熟したアメリカのトマトは、スープとなって缶のなかに入る。大量生産された規格品の缶入りスープとして、全米に流通していく。

 まっ赤なトマトの色は、トマトの自然な姿であり、科学的な正しさであると同時に、アメリカ人の大好きな演出やデザインにも、うってつけだ。缶に貼ったラベルの出来ばえに、つくづくと見入ってしまう。

出典:『Free&Easy』1999年8月


2017年10月14日 03:12