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大統領によれば

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 二〇〇一年九月十一日の午前九時すぎ、大統領はフロリダ州サラソータのエマ・ブッカー・エレメンタリー・スクールという学校にいた。生徒たちと向き合って椅子にすわっている大統領に、画面の左手からひとりの男性があらわれ、大統領へ歩み寄り、軽くかがみ込んでふた言、三言、なにごとかを耳打ちする様子を、TVの画面で見た人は多いだろう。僕もそのひとりだ。歩み寄ったあの男性は、大統領スタッフのチーフである、アンドリュー・カードという人だった。自分がいまアンドリューから受け取った言葉の意味がのみ込めないかのように、大統領はしばしぽかんとしていた、というコメントがいろんな人によってなされた。このときの大統領は、世界貿易センターの建物に二機目のジャンボ機が激突したことを知らされたのだった。

 最緊急事態の突然の発生に、大統領は小学校にいる場合ではなくなった。急いでその場を去るにあたって、大統領は短い挨拶をした。挨拶、という言葉が適切かどうかわからないが、日本語ではこんな場合でも挨拶と言っていいのではないか。ホワイト・ハウスのサイトから手に入れたプリントは、プレス・セクレタリーのオフィスからリリースされたもので、挨拶に相当する言葉としてリマークスという言葉が使ってある。

 そのリマークスの最初のセンテンスは、「みなさん、いまはアメリカにとって苦難の時です」というものだった。原文に出来るだけ近いかたちであることを心がけた、ほんの仮の翻訳だからこれでいいだろう。起こった出来事の最小限の概略を、大統領はアンドリューから受け取ったはずだ。最小限の概略ではあっても、その出来事が自分たちにとってどのような意味を持つかについては、大統領は一瞬のうちにすべてを認識したはずだ。その大統領が、起きたばかりの、そしていまも進行中のその出来事に対する、最初の反応として発したひと言が「苦難の時」a difficult momentであった事実は興味深い。ガット・レヴェルで、腹の底から、ジョージ・ウォーカー・ブッシュその人として、反射的に出て来たひと言だったのではないか。

 どこか外から自分たちの上へ、「苦難の時」がもたらされる。それがいかに不条理なものであろうとも、自分たちはそれを受けとめる。受けとめたのち、自分たちは立ち上がる。「苦難の時」に対処するためだ。全力をあげて対処する。そして自分たちはすべてを克服し、苦難に対する勝利を手中にする。こういった過程ぜんたいの、最初の出発点とも言うべき一点が、「苦難の時」なのだ。個人が充分に自立する。そしてそのような個人が、おたがいに助け合う相互扶助の関係を結び、その関係をとおして神の意志に応える。南部でポピュラーな福音主義の、きわめて端的なあらわれだ。

 このリマークスの二番目のパラグラフの冒頭では、大統領は次のように言っている。「今日、私たちは、国家的な悲劇を体験しました。世界貿易センターに二機の飛行機が衝突しました。これは明らかに我が国に対するテロリストの攻撃です」。大統領の言葉はさらに次のように続く。「連邦政府がその全力をあげて、犠牲者たちとその家族に助力をさしのべるよう、そしてこのようなことをおこなった人たちを追い詰めて見つけ出すために、総力を結集して捜査するよう、私は命令を下しました」

 ふたつめのセンテンスのなかにある、「このようなことをおこなった人たち」という部分の、「人たち」に相当する言葉として、大統領はフォークスという言葉を使った。これもさきほどの例とおなじく、ガット・レヴェルから出た、大統領その人としての用語ではないか。文脈に対してまったく適切な言葉ではなく、適切ではないばかりか、あまりに唐突だから、諧謔かいぎゃく味が漂ったりもした。笑った人もいたのではないか。大統領の言語能力、さらには大統領にふさわしい資質や経験などを問題にするついでに、ちょっとからかってみたりする人たちにとっての、最初の手がかりはこのフォークスあたりにある。「このようなこと」という部分の原文は、ジス・アクトという、やや拍子抜けしなくもない、核心だけであるがゆえに簡素きわまりない言葉となっている。

 リマークスの三つ目のパラグラフは、「私たちの国に対してテロリズムはなんら効果を持ちません」というワン・センテンスだ。文書にする役目の人が、強調の意図を込めて、このセンテンスだけのパラグラフを設けたのだ。そして結びのひと言は次のようだ。「それでは私とともにしばしの黙とうをお願いいたします。犠牲となった人たちとその家族、そしてアメリカに、神の祝福があらんことを。ありがとうございました」。最後のひと言、「ありがとうございました」は、サンキュー・ヴェリー・マッチだ。まずたいていの人はこれを「ありがとうございました」と訳すし、同時通訳の人たちもかならずそう言っている。日本語によるもっと適切な言いかたがほかにあるような気がするのだが、僕はまだそれを見つけていない。

 わずか四つのパラグラフから成っているこの短いリマークスのなかに、「苦難の時」「追い詰めて見つけ出すために、総力を結集して捜査する」「私たちの国に対してテロリズムはなんら効果を持ちません」というふうに、この日以降の展開にとって必要なものは、少なくともその基本型のようなかたちでは、早くも出揃っている。

 フロリダを飛び立ったエア・フォース・ワンは、F—15や16の編隊に護衛されてルイジアナ州のバークスデール空軍基地へ向かい、そこに着陸した。給油のためだ。ネブラスカ州にある中枢的な指揮基地へ向かうべきだ、というような意見もあったが、大統領がこれからなにをするにしても、それはホワイト・ハウスのオーヴァル・オフィスにおいてでないことには説得力もなにもないという意見に促され、自らもそう決断し、午後五時には大統領一行はワシントンへ向かった。バークスデール空軍基地でも、大統領は五つのパラグラフから成る短いリマークスを発表した。

 フロリダの小学校でのリマークスでは、「このようなことをおこなった人たちを追い詰めて見つけ出すために、総力を結集して捜査する」という言いかたであったのが、ルイジアナ州の空軍基地では、次のような言いかたへと発展していた。「よく聞いてもらいたい。このような卑劣な行為をなした者たちを、アメリカ合衆国は追い詰めて罰します」。メイク・ノー・ミステイクという、きわめて平凡で慣用的な言いかたが、この短いリマークスのしめくくりのパラグラフに、もう一度あらわれている。「我が国の決意がいま試されようとしています。しかしよく聞いてもらいたい。この試練を私たちが切り抜けるのを、私たちは世界に見せるのです。神の祝福あらんことを」という部分だ。このメイク・ノー・ミステイクという言いかたも、大統領その人としての、ものの言いかたなのだろう。

「追い詰めて見つけ出す」という言いかたは、「追い詰めて罰します」という表現へと発展している。そして、「苦難の時」という簡素な言いかたから、「我が国の決意がいま試されようとしています」とか「この試練を私たちが切り抜けるのを、私たちは世界に見せるのです」といった言いかたへと、表現は拡大されている。追い詰めて見つけ出すだけではなく、見つけ出したなら罰する、と大統領は早くも言っている。苦難の時はこの国の決意が試される試練となり、さらには、この試練を克服した自分たちを世界に見せるのだと、ここで初めて「世界」が登場している。

「世界」はもうひとつ別の箇所にも登場する。三番目のパラグラフとしての次のようなセンテンスのなかだ。「議会のリーダーたちそして世界のリーダーたちと連絡をとり、アメリカおよびアメリカの人たちを守るために、私たちがあらゆる手段をつくすことを確約しました」。この段階では、「世界」の位置づけや意味は、まだ明確にされていない。しかし、演じるのは私たちであり、世界はそれを見る観客であるという構造は、自明の理のようなものとして、ここにすでにあると言っていい。

 ホワイト・ハウスに戻った大統領が、国民に対する正式な発言としてその日の最後のものとなったのをおこなったのは、午後八時三十五分だった。議会の議員たちが党派を越えて大統領のもとに結束することを誓った集まりが、ホワイト・ハウスのイースト・フロントで持たれ、それが終わると誰ともなく『ゴッド・ブレス・アメリカ』を歌い始め、それはたちまち全員の合唱となった。その合唱の最後の部分を耳にしながら、大統領は発言の原稿を持って自分のオフィスへと入っていったという。

 大統領にはスピーチ・ライターが十人ほどいる。急いで短い発表をしなくてはいけないときなどには、大統領と行動をともにしている側近が大統領のために原稿を作る。そして大統領はそれを何度も読んでは、自分で手を入れて修正を加えると言われている。そのとおりなのだろう。九月十一日の最後の発言には、国民に対するアドレスとしてのステートメント、という表題がついている。ステートメントは日本語になっていて、その意味は本来の意味とさほど離れていない。そしてアドレスは日本語としては住所、宛て先だが、ここでは式典の挨拶、式辞、演説、講演、といった意味をひとつに溶け合わせたような意味合いだ。国民に対するアドレスとしてのステートメント、という表題がつけられたなら、これを越えて公式あるいは正式なものはほかにあり得ない。

 大統領が何時にホワイト・ハウスに戻るかわかれば、ステートメントの発表がいつ頃となるか、逆算することが出来る。いずれも短いパラグラフ十二本で構成されているこのステートメントの草稿を、ライターたちは多少の時間的なゆとりのなかで作成したのではなかったか、と僕は推測する。このようなステートメントやアドレスを国民に向けて発表しているときには特に、アメリカの大統領はたいそう理念的な存在になっている。唯一無二の存在であるひとりの個人が、アメリカの人たち全員を、そしてアメリカというものの総体を、ひとりきりのその身で体現しなくてはいけない。だから彼によるあらゆる正式な発言は、理想的にはアメリカの完璧な総意であることを目標としている。そして現実的には、少なくとも過半数、あるいは多少の妥協をするとして、半数と呼べる数の人たちが、さほどの条件をつけることなく賛同出来る内容あるいは方向のものに、なっていなくてはいけない。

 当然のこととして彼の責任は重いのだが、その重さは多分に、あるいはほとんど、理念に沿うことの重さだ。そしてその理念とはなにかというと、音声にして他者に向けて発したならば、つまりステートメントであれアドレスであれ、とにかく声を出して話したなら、語ったなら、そこからはその言葉に沿って行動が始まる、という一事だ。話したからには行動する。行動するためにこそ、人は話す。口に出して言ったこと、つまり発言とその内容は、そのまま、そこからあとの行動のすべてを貫く理念となるほどの、重みを持つ。そしてそれを越える重みはほかにない。話す、語る、音声にして他者に向けて放つ、というようなことはすべて、そのあとに続く行動のいちばん最初の部分なのだ、と理解すればいい。そして行動とは、選択の自由という権利の行使だ。

 スピーチ・ライターたちが用意した原稿を、大統領が適当に演技をまじえながら棒読みする、というような場面はまずあり得ない。紙に書いたものを棒読みする場合はけっしてなくはないけれど、それは大統領の役目ではなく、別の誰かが引き受ける。必要最小限の要点だけをきわめてぶっきら棒に列挙しておしまいという、意図的にごく短い文章を、紙に書いてあるのを読んでいるだけということが誰にもわかるようにはっきりさせながら、無愛想に読んでそれでおしまいという場面があるなら、それはそのような場面を作ることによって、明確なひとつのメッセージを伝えようとしているのであり、そのメッセージは、たとえば、つべこべ言うな、といったことであったりする。

 官僚の作文を総理大臣が壇上で初見のままに棒読みする、という場面は日本では珍しくもなんともない。それどころか、日本の伝統のようにもなっている。相変わらずの実体のない空疎な言葉がならんでいるだけ、という批判が最近ではさすがに多くなっているようだが、実体のない空疎な言葉の羅列は、これからも続いていくだろう。言葉は、それが総理大臣のものであっても、行動とは切り離されているからだ。そのときはそう言ったかもしれないがいまは状況が違ってきている、というような言い訳によって、日本では言葉はいくらでも使い捨てにすることが出来る。ひとつの確たる理念に支えられた行動の、最初の第一歩としての言葉、というようなものがないからこそ、総理大臣の言葉ですら、実体のない空疎なものとなる。なんらかの実体は行動の積み重ねによって生まれていく。実体のない言葉とは、したがって、行動をいっさいともなわない言葉のことだ。そして行動をいっさいともなわないとは、行動する意思も能力もそもそも持ち合わせてはいず、ここで自分は行動しなければいけないのかなというごく淡い認識すら、ない状態を意味している。

 九月十一日をしめくくった大統領による最後のステートメントは、すでに書いたとおり、十二本のどれも短いパラグラフで構成されている。名文とは言いがたい、という印象を僕は持つ。アメリカにとってはたいへんなものであったはずの、あの出来事に対して発せられた大統領による正式な反応の言葉として、明らかにもの足りないものがある。そのかわりに平明ではあるだろう。平明すぎるがゆえに、明の字を取り払い、平のひと文字でまっ平らだと形容するなら、ぴったりくるかもしれない。受けとめる人の胸のなかに高揚感が立ちのぼるような言葉を、少なくともこの大統領には期待出来ないようだ。事実や現実が自分にとって有利に働いているあいだは、このようなまっ平らな言葉でも、充分に間に合うだろう。しかし現実が自分に対して不利なほうへと傾き始めたなら、ひとたまりもないのではないか。

 十二本の短いパラグラフでこのステートメントが成し遂げるのは、九月十一日のニューヨークで起こったあの出来事を、自分たちアメリカがどう受けとめるのか、そしてそれにもとづいて自分たちはどのような行動に出るのか、というわずか二点だ。わずか二点とは、少ない、という意味ではない。この二点だけで充分である、という意味で僕はわずかと言う。そしてその出来事を、冒頭のパラグラフで大統領は次のように表現した。「本日、私たちの同胞市民、私たちの生きかた、私たちのこの自由が、企まれた破壊的な連続的テロリスト攻撃にさらされました」。テロリストたちによるこの攻撃行為を、おなじパラグラフの最後で、大統領は「邪悪な、唾棄すべきテロ行為」とも呼んでいる。

 テロリストたちが攻撃したのは、私たちのこの生きかた、私たちのこの自由であった、と言っている部分はたいへんに興味深い。アメリカでなにかが始まるとするなら、すべてはここから始まる。私たちが自由の上に立ってそれぞれに選び取ったこの生きかた、というものの総体がアメリカなのだ。のちに「悪の枢軸」発言で世界じゅうに広まることとなったイーヴルという言葉が、ここで初めて登場してもいる。大統領の好きな言葉のひとつだ。この言葉を当てはめると、自分の思っているとおりに言いあらわすことの出来るものが、大統領の頭のなかの世界に存在しているに違いない。

「悪の枢軸」アクシス・オヴ・イーヴルという言葉は、イラクへの先制攻撃の正当化の一助にもなればと、ネオ・コンのスピーチ・ライターが大統領のスピーチの中に入れておいたものだ。「強い言葉だから大統領は削除してくれると思った」などと言っているが、削除するどころか大統領はたいそう気に入った。自分の好きな言葉であるイーヴルがあるからだろう。ここでのイーヴルの意味は、神を持たない共産主義者、というほどの意味だろう。

 このイーヴルという言葉には、悪という日本語があてがわれるのが通例であるようだ。そしてイーヴルと対立するグッドは善と呼ばれている。グッドとイーヴルのふたつに分けてとらえるアメリカの得意とする善悪の二分論、といった文脈で善と悪はごく普通に使われている。しかしイーヴルはただ単なる悪ではなく、もっと根は深い。しかもその根は特定の方向に向けてのびてそこに到達してもいる、というニュアンスを持つ言葉だ。だからイーヴルは悪ではなく、邪悪あるいは邪のほうがふさわしいと僕は思う。そしてグッドは善ではなく、正だ。自分たちアメリカを正だとすると、では邪とはいったいなになのか。

 テロリストたちによる攻撃を目の当たりにして、自分たちがそれぞれの胸に抱いたのは、「信じがたい、恐ろしいまでの悲しみ、そしてそこから静かに立ち上がる、なにものにも屈することのない怒り」だったと大統領は言う。テロリストたちはなぜアメリカを攻撃したのか、そしてその攻撃によって、なにを成し遂げようとしたのか。こういうことに関して三つめのパラグラフで大統領は次のように言った。「テロリストたちの攻撃は、この国でいちばん大きな建物の基礎を揺るがすことは出来ても、この国の土台に手を触れることは出来ないのです。攻撃によって鋼鉄は打ち砕かれましたが、アメリカの不屈の決意に衝撃をあたえることは出来ません」。そしてその次のパラグラフでは、ふたつのセンテンスを使って、次のように言う。「アメリカが攻撃の目標となったのは、自由と機会という明かりを世界でもっとも高く掲げているのが、このアメリカだからです。そしてこの明かりを消すことは誰にも出来ません」。これはこのステートメントの冒頭で大統領が言った、「私たちのこの生きかた、私たちのこの自由」というひと言が敷衍ふえんされたものだ。九月十一日のあの出来事を自分たちがどう受けとめたかについて、大統領は以上のように語った。ここまででステートメントのほぼ半分が費やされている。それではアメリカはこの攻撃に対してどのように行動するのかが、後半で語られている。

 この緊急事態への対応策を履行するように私はただちに指示し、ニューヨークやワシントンD.C.では緊急対策チームが救助作業の手助けをしています、と述べたくだりのなかに、「我が軍隊は強力で即応態勢にあります」というひと言が、文脈としてはかなり唐突にあらわれている。ファースト・プライオリティは、巻き込まれた人たちを救助し、アメリカそして世界各地の我が市民を、さらなる攻撃から守ることです、とした上で、「この邪悪な行為をなした者たちの捜査はすでに開始されています」と、大統領は言う。捜査して見つけ出し、その者たちに「正義の裁きを受けさせる」のですと大統領は言い、日本でもただちに話題となった次のひと言を述べる。「この行為をなしたテロリストたちと、彼らをかくまう人たちとを、私たちは区別しません」。区別しませんとは、ひとまとめにやっつける、という意味以外ではあり得ない。

 テロ行為の実行者たちの正体、そして彼らに指示や資金その他を出した幹部たち、さらにはその幹部たちがどこに身を潜めているかなどについて、この段階でかなりのところまでアメリカ政府には見当がついていたようだ。すでに持っていた情報に現実の出来事を照合した結果だろう。強力で即応態勢にある軍隊をそこに向けて動かすには、あらゆる部分で最緊急の大動員をかけたとしても、攻撃を開始するまでにはひと月以上の時間を必要とする。少なくともひと月以上あと、どこかをアメリカの軍隊がおそらく空爆するのだということが、このステートメントではっきりとわかる。

 以上のようなことを述べたあとで、世界というものが大統領の言葉のなかに登場する。「アメリカとその友好国そして同盟国は、世界に平和と安定を希求する人たちとともにあります。テロリズムとの戦いをともになして私たちは勝つのです」。テロリズムとの戦いをアメリカの軍隊が始めるにあたっては、世界の友好国や同盟国とこれから話し合う、という意味だ。話し合いはルールとしてかならずおこなわれる。これなしではなにごとも開始はされない。このひと言に続いて、大統領は詩篇の二十三から短い引用をした。「私たちの誰よりも大きな力」つまり神からの勇気づけとして、「死の影に満ちた谷を歩むいまも、私は邪悪なるものを恐れません、なぜなら私はあなたとともにあるからです」という言葉を大統領は引いた。

 このステートメントのなかには、合計で三か所に、邪という言葉があらわれた。おなじ単語を繰り返す癖のある大統領にとって、これはよほど使いやすい言葉なのだろう。ステートメントをしめくくる最後のパラグラフは、次のようだった。「今日という日はアメリカのあらゆる階層の人たちが、正義と平和への決意においてひとつに結束する日です。アメリカはこれまでにも敵をその座から引き降ろしてきました。今日という日を誰もが忘れません。自由を、そして私たちの世界の良きもの正しきものすべてを守るために、私たちは前進していくのです」

底本:『影の外に出る──日本、アメリカ、戦後の分岐点』NHK出版 二〇〇四年

今日のリンク|アメリカ大統領声明(2001年9月11日9時30分)

Remarks by the President After Two Planes Crash Into World Trade Center(2001/9/11)


2001年 『影の外に出る──日本、アメリカ、戦後の分岐点』 アメリカ 大統領 英語
2017年9月11日 00:00