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銀座で夕食の約束

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 銀座で夕食の約束があった。僕と男性もうひとり、そして女性がふたりの、合計四人だ。女性たちのうちのひとりと落ち合った僕は、コーヒーを一杯だけ飲み、彼女とともに夕方の銀座を夕食の店にむかった。

 歩道を歩いていて、あるときふと、僕は気づいた。僕たちのすぐ前を、ふたりの女性が肩をならべ、なにごとかについて熱心に語り合いながら、歩いていた。ひとりはヨーロッパの白人女性、そしてもうひとりは日本の女性だった。英語による話し声が、うしろから歩いていく僕たちにも聞こえていた。

 彼女たちは、二十代後半の、ほとんどおなじ背丈の、ほどよくほっそりした、よく似た体型をしていた。着ているものも似ていた。髪のまとめかたも似ていた。ふたりはおなじような生活のしかたのなかに身を置いているのだ、と僕はひとりで勝手にそう思った。履いている靴まで、似ていた。ふたりとも、ヒールの低い、ごく平凡な黒い靴を履いている。

 ふたりには、しかし、決定的に異なった部分があった。それは、歩道を歩いていくときの、足音だった。ヨーロッパの白人女性の足音は、片仮名の音で書くと、コッ、コッ、コッという音だった。コツ、コツ、コツではなく、ツの字を小さくした、コッ、コッ、コッだ。一歩ごとに、彼女の足音は、その前後の音から独立して、くっきりと切れていた。

 彼女とよく似た日本女性のほうの足音は、片仮名の音で書きあらわすのは相当に難しい。僕の記憶に残っているままに試しに書くなら、彼女の足音はガタコーラ、ガラコータ、ガコターラ、というような音だった。

 すでに書いたとおり、ふたりの体つきと雰囲気は、同一と言っていいほどによく似ていた。靴もおなじような靴だった。そして話ははずんでいた。足音だけが、完全に対照的に、ちがっていた。彼女たちのすぐうしろを僕たちが三百メートルほどにわたって歩いたあと、彼女たちは交差点を僕たちがむかうのとはちがう方向へ渡っていった。

「足音に気がつきましたか?」

 僕と歩いていた彼女が、不思議そうな笑顔を浮かべて、僕にきいた。

「気づいたよ。まるっきり音がちがっていた。ヨーロッパ女性のほうはまさにヨーロッパ的な足音、そして日本女性のほうは、たいへんちがった足音だった。あれはいったいなぜだろう。日本女性の靴は、足に合っていないのかな」

「ヨーロッパの女性にくらべると、日本の彼女は靴に関して無神経かもしれませんけれど、まったく合わない靴を平気で履くほどにだらしない女性だとは、思えませんでした。あのひどい足音は、歩きかたの問題ですよ」

「体格はよく似ていた。靴も似ていた。生活も、すくなくともいまは、おなじようなものなのだ。服も似ていた。それなのに、あんなに足音がちがうとは、どういうことだろう。そんなにまで、歩きかたが異なるのだろうか」

 足音の差にただ驚いている僕の言葉に、彼女は次のように答えた。

「骨格の相違は確かにあると思います。筋肉の使いかたも、大きく異なるでしょう。でも、歩きかたそのものが、基本的に大きくちがうのです。そして、歩くためには脳が命令を出すのです。その命令が、あのふたりでは、まったく質が異なるのです」

「日本と西欧の対立だ」

 なかば冗談にそう言った僕に、彼女は淡く笑った。

「歩くとはなになのか、脳によるそのとらえかたが、まるっきりちがってるのね」

「歩くのはどちらの女性もそれぞれに自分自身だ。だから自分自身の質そのものが、彼女たちふたりにおいては、じつは大きく異なっている。自分自身というもののとらえかた、そしてそのありかたが、ふたりそれぞれ、おたがいにまったく異質なのだ」

「ヨーロッパ女性の足音に関して、感想を聞かせてください」

「音がとにかく最小限に抑えられ、削りこまれている印象だ。音のひとつひとつの明確な輪郭の内部に、どの一歩の音も、すっきりとおさまって独立している。音そのものに、強靭な求心力を僕は感じた」

 僕の感想を彼女は支持してくれた。そして次のとおりつけ加えた。

「足音だけではなく、彼女自身のありかたも、いまあなたが言ったとおりのありかたなのよ」

「生まれ落ちるはるか以前から、その一身に引き受けた個人主義、という雰囲気の足音だった」

「そのとおりです」

「彼女とまったくちがった足音で歩いていた日本女性は、彼女自身のありかたがヨーロッパ女性とはまるで異なっている、と仮説することが出来る」

「その仮説は実証されてましたよ」

「うしろから見た姿は、急には見分けがつかないほどに、よく似ているのに。しかし、観察を続けていくと、ふたりの相違は、外形的にもはっきりしてくる。日本の彼女は重心が明らかに低いし、優しい丸みを全体的に持っていた。人としての輪郭が、ヨーロッパの彼女ほどには、攻撃的にくっきりとしていなかった」

「日本に生まれ、日本人として日本語で育った、ほんとの日本人です」

「くすんだ金髪のヨーロッパ女性のほうが、もはやこれ以上はどうにもならないほどに、とことん個人主義のなかに生まれ、そのように生きてきた人だとするなら、黒い髪をしたどこか受け身の雰囲気のある日本女性は、まったくと言っていいほどに個人主義ではないところに生まれ、そこで生きてきた人だということになる」

「そのとおりなのですよ」

「自分を形成した国の文化は、足音に出てしまう」

「そうなのね」

「足音に出るのなら、そのほかのありとあらゆるところに、相違は常に出ているはずだ」

「そうだと思います」

「誰といっしょに歩いても、そして何人の人たちとともにどこを歩いても、さっきのあのヨーロッパ女性の足音は、自分というものは基本的には常にひとりです、と宣言し自覚しているような足音になるんだ」

 夕食の店で四人が落ち合うまでに、まだ少し時間があった。僕たちはまわり道をしながらさらに散歩を続けることにした。

「さっきの日本女性は、肩をならべて歩いていたヨーロッパ女性にくらべると、たとえば肩の線が異質なのよ。それに、首の立ちかた、そしてその首の上での、頭の姿勢のありかたも」

「きみの言うとおりだ。骨格の相違を超えて、それは明らかに文化の相違だね」

「かく言う私は、正真正銘の日本女です。ヨーロッパ女性の歩きかたを、真似してみましょうか」

 そう言った彼女に対して、僕は歩調を遅らせた。二、三メートル先を歩く彼女を、僕はしばらくうしろから観察した。そして彼女に追いついた。

「真似はうまいよ。ヨーロッパというよりも、どちらかと言えばアメリカふうだ。東洋系ではあるけれど、いわゆる国籍不明、つまり文化不明の、現代の女性になってしまう」

「私としては、美しい日本女歩きを身につけるよう、心がけています」

「それは正解だよ。そして僕は、そのような女性と、たまにはいっしょに銀座を歩いてもらえる人であればそれで充分だ」

 夕食の店にむけて、僕たちはわき道へ入っていった。

底本:片岡義男エッセイ・コレクション『「彼女」はグッド・デザイン』太田出版 一九九六年

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『昼月の幸福ーエッセイ41篇に写真を添えて』 個人主義 彼女 片岡義男エッセイ・コレクション『「彼女」はグッド・デザイン』 銀座
2017年9月7日 00:00
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