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スヌーピーはハウンド・ドッグだった

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『これがアメリカだよ、チャーリー・ブラウン』という、全八巻のヴィデオ・シリーズがある。チャーリー・ブラウン、ルーシー、スヌーピー、シュローダーなど、『ピーナツ』の主人公たちが登場する、アニメーションによるエンタテインメントだ。このシリーズの第八巻目のタイトルは、『アメリカの音楽とヒーローたち』という二十五分の作品だ。たいへん面白く見たので、それについて書こうと思う。

 アメリカの音楽というテーマで、シュローダーが学校で発表会をおこなうことになる。シュローダーはいつもフロアにすわって玩具のピアノを弾いている男のこだ。アメリカの音楽を歴史のなかにたどるなら、アメリカにとっての数多くのヒーローたちについても同時に私が語れば、発表の内容は格段の深みを増すのだからぜひそうしなさい、とルーシーはシュローダーに命令する。いつものルーシーだ。シュローダーは嫌がるけれど、先生はルーシーの意見に賛成する。シュローダーの発表内容は、だから、アメリカの音楽とヒーローたちをめぐる話となる。

 ひとりの意見に対して、別な人がすぐさま提案を加える。初等教育現場の先生という、公共の価値について教える役の人は、ひとつの意見に対して別の提案が重なると、この場合はぜんたいの内容がさらに深まると判断し、提案を受け入れることに賛成する。公共の価値がこうして高まることによって、全員の認識の質が向上し、そのことは社会にかならずや貢献する。このような原理とその働きを、このヴィデオを見る人は冒頭でまず体験することになる。

 一八四八年、カリフォルニアのサクラメントで金鉱脈が発見されたことから、シュローダーは話を始めた。この年の一月二十八日、ジェイムズ・W・マーシャルという人が、「金だ!」と、最初に叫んだとされている。金鉱脈の発見の知らせはたちまち全米に伝わり、次の年の一八四九年はカリフォルニアにおけるゴールド・ラッシュとなった。一攫千金を夢見てカリフォルニアにおしかけた人たちを、年号の四九をとって、「フォーティナイナーズ」と呼んでいる。

 このゴールド・ラッシュにとってまるで主題歌のように多くの人々に盛んに歌われたのが、スティーヴン・フォスターの作曲した「オー、スザンナ」という歌だった。『黒き歌びとの歌』というタイトルでフォスターの歌曲集が四八年に発売され、アメリカじゅうで大評判になった。「オー、スザンナ」はこの歌曲集のなかの一曲だ。

「おなじ一八四八年、ところ変わってニューヨークでは、社会意識に目覚めたアメリカの女性たちが、女性の選挙権獲得をめざして、集会などの行動を起こしていました」とルーシーは語る。彼女はスーザン・B・アンソニーの名をあげている。アメリカの憲法に修正第十九条が加えられ、女性の参政権が成立したのは、一九二〇年のことだった。「じつに七十二年もかかったのでした」とルーシーは言う。ついでに、このひとつ前の修正は、禁酒法だった。

 スーザン・B・アンソニーから始まって、アメリカ赤十字の創設者となったクララ・バートン、さらにはヘレン・ケラー、アメリア・エアハート、マーガレット・ミードたちの名を、ルーシーはあげていく。「ヤンキー・ドゥードル・ダンディ」、一八九五年の独立記念日に発表された、キャサリーン・リー・ベイツの愛国歌「アメリカ・ザ・ビューティフル」、そしてマーチの王様と言われたジョン・フィリップ・スーザの「星条旗よ永遠なれ」などの歌について、シュローダーは語る。

「そして一九〇〇年代なかばには、アメリカはワールド・パワーになっていました。FDRの時代です。アメリカにとって不可能なことはなにもない、という時代です」と、ルーシーは語る。ワールド・パワーとしてのアメリカとは、アメリカ特有のしらばくれたものの言いかただ。一九〇〇年代なかばのFDRの時代とは、再選されたFDRが中南米への介入や干渉を正当化したことを指しているのだろう。ワールド・パワーとしてのアメリカとは、自分の都合に合わせて世界じゅうに干渉していくアメリカ、という意味だ。

 FDRが再選された一九〇四年にはパナマ運河の建設が着工され、太平洋海底電線が完成している。それよりずっと前、一八六九年に大陸横断鉄道が完成したとき、「ヨーロッパとアジアをつなぐ道」と、ウォルト・ホイットマンは書いた。ヨーロッパにもアジアにも干渉する段階にアメリカは達した、というふうに読み替えておくといい。

「ミュージカル・コメディの父親と言われているジョージ・コーエンは、人々にとっての娯楽の土台を作った人です。人々を元気づけ勇気をあたえ、我々の力を阻止することのできる人や物はなにひとつない、という考えかたの源泉となりました」というようなことをシュローダーは語る。なるほど、大衆の時代だ。大衆娯楽のいっぽうの雄である映画は、最初の娯楽長編である『大列車強盗』という作品が、一九〇三年に公開された。そしてラジオは一九〇七年にニューヨークで始まった。

 大衆は外国からも大量に輸入された。そのことについてルーシーは説明する。「南北戦争のあと、主としてヨーロッパから、アメリカへ大量の移民がありました。アメリカへ来た人たちの労働や生活の条件は劣悪だったのですが、労働組合が結成されることにより、いろんな国から来た人たちの力が大きく結束されて、よりいっそう強いものになっていきました」。このことの主題歌として、「ゴッド・ブレス・アメリカ」という歌を、シュローダーはあげる。一九三九年にアーヴィング・バリーンが作った歌だ。

 そのアーヴィング・バリーンが一九一一年に作った「アレグザンダーズ・ラグタイム・バンド」という歌を入口にして、ルーシーは黒人とその音楽について語っていく。バリーンのこの歌が強力なきっかけとなって、一九一〇年代のアメリカでラグタイムが大流行した。人々の日常の現場では、ラグタイムとはダンス・ステップの多種多様なヴァリエーションのことだった。

 当時のアメリカでポピュラー・ソングがヒットするとは、その歌の楽譜が大量に売れることだった。雑貨店や百貨店など、不特定多数の人たちが買い物にくる場所にピアノを置いて楽士にヒット曲を演奏させ、行き交う人々の気持ちをとらえ、楽譜を買ってもらうというプロモーションとセールスの方法が出来あがっていた。楽譜を買った人たちは、自宅へ帰ってピアノを弾き、そこに知人や友人たちが集って楽しみ、口コミで彼らのあいだにその歌の魅力が伝わり、楽譜はさらに売れる、というしかけだった。アメリカにおけるポピュラー音楽の主役は、このような歴史的背景によって、最初からピアノなのだ。

「アメリカにおける奴隷制度は二百四十八年続きました。一六二〇年のジェームズタウンに黒人奴隷が初めて上陸させられて以来、アメリカでの黒人奴隷の数は、最終的には四百万人にも達しました。この黒人たちが、つらい現実の日々を生きていくために、そして来世における救済を願って歌ったのが、スピリチュアルでした。南北戦争前後の時代に、黒人の教会の音楽は、完全にこのスピリチュアルとなったのです」。ルーシーはこんなことを語っていく。そして黒人のヒーローとして、ブーカー・T・ワシントンやジョージ・ワシントン・カーヴァー、そしてW・E・B・デュボイスたちの名をあげていく。ワシントンが精神的な支柱の役を果たしたとすると、カーヴァーは農業技術の改革者として、黒人の生活を文字どおり地表から、向上させようとした。一九〇三年に『黒人の魂』を出版したデュボイスは、ワシントンをもっとシャープに進化させたような存在だった。

 スコット・ジョプリンのラグタイムの楽譜のなかには、百万枚も売れたものがあった、とシュローダーは言う。ラグタイムはブルースから派生したもので、このブルースこそは、黒人たちの共同体意識を支えて維持していくにあたって、もっとも力を発揮したものなのです、と彼は言う。W・C・ハンディの「セントルイス・ブルース」や「メンフィス・ブルース」を彼はあげる。「セントルイス・ブルース」は一九一四年の作品だ。

 もともとは葬式やパレードのための音楽だったものが、ブルースを機軸にして、ありとあらゆる内容とスタイルのジャズへと高度な進化をしていき、ジャズはすなわちアメリカそのものとなったのです、とルーシーは言う。ジョージ・ガーシュイン、デューク・エリントン、ジェローム・カーン、ファッツ・ワーラーたちの名を彼女はあげていく。ジャズにおいて黒人と白人が共演することをとおして、いまにいたる共存の道が確実に開かれました、ともルーシーは言う。

 一九五〇年代のヒーローとしては、ドワイト・D・アイゼンハワーと、ソーク・ワクチンのジョナス・ソークの名を彼女はあげる。六〇年代はキング牧師とJFKだった。「花はどこへいった」の歌とともに、ヴェトナム戦争の映像が画面にあらわれる。傷病の敗残兵が続々と退却していく完璧な負け戦、としか見えない映像が続く。このヴィデオが製作された一九八六年にすでに、草の根におけるヴェトナム戦争の認識は、とにかく大失敗と大失態だった、という次元に達していたようだ。

「ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ」の歌に重ねて、回復してふたたび立ち上がるための再生への力を、アメリカでは音楽が作ってきました、とルーシーは言う。これが彼女の結論であり、シュローダーと共同の発表会はここで終わる。

 ところでロックンロールをどうしたらいいでしょう、ロックンロールの大好きな人がここにいるんですよ、とルーシーが言う。そこへスヌーピーがあらわれる。サングラスに白いジャンプスーツ姿の彼は、片手にギターを持っている。そして彼は「ハウンド・ドッグ」を歌い始める。スヌーピーの歌う「ハウンド・ドッグ」を聴いたことのある人は、数が少ないのではないだろうか。彼の歌に合わせて、チャーリー・ブラウンがテナー・サックスを吹くではないか!

 いちばん最後に使われている曲は、ヴィンス・グァラルディというジャズの人が作った、「ライナス・アンド・ルーシー」という曲だった。一九六〇年代なかばの作品だ、と僕は記憶している。少なくともタイトルは『ザ・ピーナツ』にちなんだものだと僕は思っていたが、ルーシーが語るところによれば、『ザ・ピーナツ』とはなんの関係もなく、タイトルにあるライナスとルーシーの名は、まったくの偶然だったということだ。

底本:『音楽を聴く2──映画。グレン・ミラー。そして神保町の頃』東京書籍 二〇〇一年

今日のリンク|Elvis Presley ─ Hound Dog(YouTube)

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2017年8月10日 00:00