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袋小路の居心地

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 十一月二十七日、陸自の調査団の一部がイラクでの調査を終えて、日本へ帰って来た。残りの人たちは引き続きクエートにとどまり、イラクの情勢を観察するという。自衛隊の派遣予定地とされているイラク南部のサマワは、治安が比較的良好であり自衛隊による活動は可能だ、という内容で首相に報告書が出されることになるようだ、と新聞は書いていた。自衛隊の派遣を後押しするための調査そして報告書である、という意味だろう。調査期間中にサマワ近辺でこれと言ってなにごともなければ、治安は比較的良好、といった判断が下されることになるのだろう。

 自衛隊の派遣問題をめぐる記事を新聞で追っていくことによって、この僕にですら見えてきたひとつの明確な構図がある。まず首相という存在がある。そしてその首相の周囲には、首相周辺、という新聞用語で言いあらわされる、特定の人たちがいる。誰なのか判然とはしないが、官邸、という用語で言いあらわされるものと、内容はほぼおなじなのではないか。それから官房長官がいる。首相周辺や官邸にも、この官房長官は当然のこととして含まれるだろう。官房長官の発言を引用するような場合には官房長官という用語が用いられ、官房長官の意向が強く働いている場合の首相が、官邸や首相周辺だったりするのではないか。

 以上が円の中心部分を構成していて、そこに覆いかぶさりつつその周囲をまんべんなく埋めているのが、政府・与党という言いかたで表現される人たちだ。政権政党として政策や理念を緊密に共有している集団かと言うと、けっしてそんなことはない。なにが問題となっても、異論を百出させる人たちだ。誰もがポストを持っていて、その周辺に発生している利害関係や権益の人脈のなかから、ほうっておいてもおのずからにじみ出てくるものが、最終的にはその人の意見や見解となる。誰もが自分の立場のなかから、ああでもないこうでもないと、いろんなことを言う。言い合っているうちに、大勢というものがなんとなく出来てきて、たいていの事態はその大勢にしたがうようだ。

 外務省、という用語で表現されるものも、簡単に言えば立場のようだ。外相、外務省、外務省幹部、といったいくつかの用語が、新聞記事のなかでは使い分けられている。イラクへの自衛隊の派遣問題のように、いっぽうの当事者がアメリカの場合には、事態がどのように進展しようとも、進展とその方向を外務省が判断する基準は、日米関係に対して好ましくない影響をあたえるかどうか、という一点だけのようだ。日米関係のためにはアメリカの言うとおりにするのがもっとも望ましい、とする立場が外務省であり、外務省幹部と書かれる人たちの発言が、そのような立場を常に端的に言いあらわしている。

 航空自衛隊をまず派遣する案を、防衛庁はかねてより主張してきた。装備の調達や訓練その他、陸自を派遣するためには、出発までどんなに急いでも三か月はかかるからだ。予定されている空自百五十人にはすでに人事が発令されているという。十二月下旬に先遣隊が、そして二〇〇四年の一月には本隊が、クエートに到着する。そしてそこを拠点にして、バグダッド空港とバスラ空港とのあいだで、アメリカ軍やイギリス軍の物資を三機のC-130で輸送する。武器や弾薬も運ぶから印象としては軍事的な支援のほうへと傾く。

 防衛庁のこの案に対して、外務省は当然のことながら反対している。「出来るだけ早く陸自と空自をセットで派遣すべきだ」という外務省の意見は、日米関係への悪影響、という判断の基準から出てくるものだ。空自だけ出してそのあとはなおも時間稼ぎとなるのでは、アメリカの不興を買うのは必至である、というような判断だ。官房長官も空自の先遣には以前から反対している。その理由は、「日米同盟の観点から陸自と空自は一体で考える必要がある」という認識から生まれている。だから「空自だけ先に出すのはおかしい」というわけだ。外務省や官房長官のこうした意見の立脚点となっている、日米関係への影響という懸念は、じつはまったく根拠のないものなのだと僕は思う。それぞれが自分の立場からそう言っているだけだ。

 官房長官とはいったいなにをする人なのだろうか。彼の仕事がどのような領域のものなのか、僕はなにひとつ知らない。しかし新聞の記事を僕なりに追ってみた体験から判断すると、いわゆる権力というものを、もっとも大きくそして強く持っているのは、じつは官房長官なのではないか、というあたりに落ち着く。十一月二十七日の午前中の記者会見で、派遣の時期について、「年内と区切っているわけではないが、早いほうがいいという考えは変わっていない」と長官は語った。「早いほうがいい」と彼が言い切るときの、その「いい」というひと言の根拠をくまなく示すのが彼の仕事であるはずだと僕は推測するけれど、そのような根拠の説明など、聞かせてもらえたためしがない。早いほうがいいとおっしゃる根拠はなにですかと質問したなら、「そりゃあアメリカにしてもですねえ、そのほうがいいわけですよ」というような答えが、あの口調で返ってくるのだろう。

「早いほうがいい」けれど、「すぐさまとはいかない」とも彼は語ったという。「基本計画では基本的な考えかたをきめるが、どういう時期にどのぐらいの規模でやるかは、防衛庁長官による実施要項できめる。ちょっとタイミングがずれる可能性がある」。こうした官房長官の発言は、皮肉も込めて難解と評されることもあるようだが、難解でもなんでもない。少なくとも字面の上ではあっけないほど正しくて、しかも単純な場合が多い。閣議決定される基本計画には、派遣する日や人数など、具体的な詳細を記入しなくてはいけない。しかしそれらは便法としてすべて省略して大枠だけにしておき、その後に防衛庁長官によって作成される実施要項に、具体的なことをすべて書き込む。いま引用した官房長官の発言の意味は、こういうことだ。この実施要項を首相が承認すると、防衛庁長官は派遣命令を下す。

 基本計画はまずとにかく閣議決定しておき、自衛隊を派遣する意思に変化はないことをアメリカその他に示しつつ、そこから先は状況をさらに見きわめる、ということだ。イラクで急速度に進展する事態のあとを追いながら、場当たりそのもののようなつぎはぎや折衷案は、このように二転三転を続けていく。

「調査団の報告も聞く。政府内部の話もあるし、他の国との相談もあり、それなりの時間もかかる。報告を聞いたらすぐにきめるという話ではない」とも官房長官は発言したという。派遣はいつなのか、ということが最大のテーマとなっているようだ。しかし情勢は刻々と変化し、しかも悪いほうへと急速に向かっているから、最大のテーマである派遣期日は、いつまでたってもきめることが出来ない。きめようがないから、したがってなにひとつきまらないままに、時間だけは経過していく。こうして自らが作り出す時間切れという袋小路のいきどまりのところで、得意とする見切り発車が、ほとんどなんの根拠もなしに、おこなわれることになるのではないか。

 二十七日の首相は次のようにも語った。「総合的に情勢分析しなければならないから、総合的に判断する。最終的に私が判断する。どう判断するにしても、国民にきちんと説明しなきゃいけない」。調査団による首相への報告がなされるのは、十二月一日以降になるはずだという。この報告を検討してから基本計画が作成される。それが閣議決定されるのは十二月八日以降となる見込みだ、と新聞は書いていた。

 二十八日、自民党幹事長が都内でおこなった講演のなかに、次のような発言があった。「我々が自衛隊を派遣しないということはあり得ないと、はっきり申し上げておく」この自民党幹事長というポストも、仕事がなになのかよくわからない。必要に応じて首相の前に出たり脇にまわったりして、首相を補完するのがその主たる役目であるような印象を、僕は受けている。自衛隊の派遣は対米協力ではなく、国際社会で日本が果たすべき責任としてのものであり、中東の石油に依存している日本の国益をも考えに入れてのことだ、と幹事長は言う。

 日本による支援はイラクの人たちに期待されている。そのことに間違いはない。しかし、そのイラクのしかるべき人たちのすべてが、いま日本の軍隊には来て欲しくない、と言っている。日本の自衛隊がイラクへと出ていけば、占領統治を自分たちの考えだけで一方的に取り仕切っているアメリカの同盟国のひとつとして、アメリカに加担し協力する軍隊となってしまう。日本がこうなることを日本は賢明に避けて欲しい、とイラクは言っている。イラクのそのような考えを、なぜ日本は受けとめないのだろうか。イラクを相手に緊密に話をすることを、なぜ日本はしないのか。イラクと真剣に協議を重ねる日本政府など、聞いたことがない。石油をめぐる国益を言うなら、アラブぜんたいから熱心に支持されるような、長期的で底の深い相互的な協力の関係を、土台の部分から地道に築いていくのが、もっとも健全な道だろう。信頼の対象としての日本を、日本はアラブのなかに作らなくてはいけない。

 首相と官房長官そして外務省は、自分たちの意に沿ったかたちと内容での言動を、防衛庁に期待しているようだ。言うとおりに動け、というわけだ。どうでもいいことならそうしてもいいかもしれないが、戦争がまだ終わっていないイラクに自衛隊を送るとなると、深く慎重に考慮すべき事柄の第一位は、戦場の現実だ。この戦場の現実と直接に格闘しなければならない隊員たち、そして現場における彼らの指揮官たちの考えや発言は、さすがにしっかりしたものばかりだ。戦争という現実を相手に、生きのびながら目的を達するという、のっぴきならない実証を引き受ける人たちなのだから、考えることはすべて、その実証に沿ったものとならざるを得ない。しかし彼らのそのような考えかたは、政府のどこにもいっさい反映されないし、採り上げられることもないようだ。

 首相、首相周辺、官邸、官房長官、政府・与党、ついでに野党、そして外務省。このような人たちのなかで、自衛隊の派遣が現実へと接近していくのだが、その時間や過程のなかで、ありとあらゆる深みからの議論がつくされていくのかというと、そんなことはいっさいないようだ。誰もが自分の立場や都合のなかにいて、そこにおのずから発生してくる、こうなればいいなという程度の願望のようなものがいつのまにか方針となり、それらは擦り合わされて大勢を作り、それが最終局面に向けて動いていく。最後の責任は首相にあるのだろうけれど、それ以外のところは、責任が発生しようもないほどに希薄で曖昧であり、首相にはブレーンさえいない。そして当人は、他の人たちすべてを含めて、いま問題となっているような事柄に関して、知識はゼロで体験は皆無ときている。孤独と言うならこれほどに孤独な首相もいないだろう。袋小路の居心地はきわめて悪いのではないか。

 首相だけではなく、他のすべての人たちも共有しているはずの、この居心地の悪さはどこから生まれるものなのか。彼らが国家というものを持っていないからだ。こんなことを言うと彼らはいっせいに反論するだろう。私は日本人だ、そして日本国家と国民、さらには日本の国益を、なによりも優先させて常に念頭に置いている、というような反論だ。厳しい現実など一度たりとも相手にしたことはなく、実証などとはまったく無縁に過ごしてきた人たちだ。会社ならまさに三流のきわみだが、彼らの仕事の場は会社ではない。なにを生産するでもなく、開発もせず、販売もしなければ投資もしない。それでいて立場だけは特権的というやっかいな人たちが、国家を持たずに国家を運営する。

 観念ではなく、自分たちそのものとしての国家は、誰にとっても存在しているのだが、それがいったいなにであるのかいつまでも気づかないという意味において、彼らは国家を持っていない。国家という現実がなにを実証するのか、彼らは知らない。この国家にとってもっとも手ごわい、凶暴きわまりない現実が、戦争ないしは戦場という現実だ。国家を持たない人たちが、立場や都合、面子などだけを頼りに、あるかなしかの立脚点の上でつぎはぎの折衷案を二転三転させながら、戦争を相手に袋小路へと追い込まれていく様子に重ねて、国家を持たずに過ごしてきた戦後の日本というものを、僕はいま目の当たりにしている。

初出・底本:『影の外に出る──日本、アメリカ、戦後の分岐点』NHK出版 二〇〇四年

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『影の外に出る──日本、アメリカ、戦後の分岐点』 国家 戦後 日本 日米同盟
2017年8月6日 00:00
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