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夏だ。トンボが飛んでいく。十字架はついに地上から解き放たれる

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『ワン・サマー・ラヴ』〔One Summer Love(1976),N.Richard Nash,Bantam Books.〕というタイトルを日本語にするなら、ひと夏の恋だろうか、それとも、ある夏の愛だろうか。ペーパーバックの裏表紙には、次のような文句が印刷してある。

「ふたりは映画館のなかで出会った。彼女は売店でキャンディーの売り娘をしていた。彼はそこでポップコーンをひと箱にキャンディー・バーを十七個も買った。ほかにどうすることも出来ないまま、彼女はその彼に惚れてしまった」

 タイトルはワン・サマー・ラヴで、裏表紙の宣伝文句はこうだ。アメリカの小さな町での、夏を背景にした少年と少女の恋ないしは愛の物語だろうと思いつつ、僕はこの小説を読みはじめた。

 この小説は、じつは宗教小説だった。夏の終わりから秋のはじめにかけて、ふと見ると飛んでいるトンボが、イエス・キリストのはりつけになった十字架に見えるだろうか。普通の日本人にとってはとんでもない連想だろうけれど、トンボが十字架に見える、あるいは十字架がトンボに見える心理作用は、この小説を支える大事な支柱のひとつだ。

 自分の血のなかに流れる精神の異常傾向を、息子に遺伝させてしまったと思いこんだ母親が、息子を殺そうとする。そのショックで息子は記憶喪失となり、精神の不安定もきたして、施設に収容される。精神の不安定はほとんど回復して、彼は施設を出てくる。しかし記憶喪失はまだ治っていない。治ってはいないままに、彼は自分がなぜ記憶を失うにいたったのか、時間を逆にたどりなおそうとする。というような物語が、彼が施設を出て来たところから書いてある。なぜ彼が記憶喪失になったかは、彼が最後に母親をつきとめてはっきりする。

 この小説は一九七七年頃に映画になったそうだ。ボー・ブリッジェスとスーザン・サランドンが主演した。いったいどんな映画だったのだろう。トンボが出てくるのだろうか。ワン・サマー・ラヴというタイトルは、映画になったときのタイトルであり、それに合わせて小説のほうもタイトルを変更した。著者としてはドラゴンフライというタイトルにしたかったのです、と著者のN・リチャード・ナッシュが、クレディットのページでわざわざひと言述べている。著者はトンボに執着している。

 トンボには前後二枚ずつ羽根がある。十字架の横木とその上に釘づけされたイエスの腕に見えるときがあるし、腕は横木を離れて空中に浮かんでいるように見えるときもある。さらには、その腕は羽根となり、縦木は埋められた地面から抜け出し、十字架ぜんたいがいままさに空へ飛び立っていこうとしているところにも見える。

 ペーパーバックとしては桁はずれに静かで簡素な雰囲気は、宗教的な内容の影響がおよんだ結果なのだろうか。こだわりのきわめて少ない、明るく合理的で風とおしのいいアメリカは、トンボがキリストをはりつけにした十字架に見えるという、硬質な宗教的こだわりを、そのすぐ内側に持っている。

(底本:片岡義男エッセイ・コレクション『本を読む人』太田出版 一九九五年)

 

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2017年7月15日 00:00