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思い出のバブル・ガム

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 アメリカの駄菓子の記憶としていまも僕のなかでもっとも鮮明なのは、リコリスの味と香りだ。リコリスは甘草かんそうと日本語では呼ばれている。ルート・ビアをひと口飲んだとき、うへっ、薬臭い、と顔をしかめる人が日本には多いが、あのときのいわゆる薬臭さというものが、リコリスなのだと理解すればいい。リコリスはその根を精製してエキスを用いる。ルート・ビアのルートは、まさにその根のことだ。

 リコリスだけで作ったリコリス・スティックをチャンピオンのようにして、そこからピラミッド型ハイエラルキーの底辺に向けて、リコリスないしはリコリスふうの、なんの味とも香りとも言いがたい、人工的な色と香りと甘さの駄菓子が、僕の思い出のなかにいまもある。

 そのなかからもっとも一般的なものをひとつ取り出すなら、それはバブル・ガムだろう。日本語では風船ガムだ。戦後における日本とアメリカの、合体と呼んでもいいほどの親和性の象徴が、風船ガムという言葉ではないか、と僕は以前から思っている。

 バズーカという、昔からあって広く親しまれてきたバブル・ガムが、いまでも健在だ。思い出の味をひとつ語ってくださいと言われたなら、僕はアメリカへいってスーパー・マーケットやドラグ・ストアの駄菓子売り場で、バズーカのバブル・ガムをひとパック、手に取る。

 野球カードが入っているバズーカだと、七センチに十センチほどの大きさに厚さはほぼ一センチという、堂々たるものだ。包装紙を開くとあらわれるのは、このサイズのぼてっと厚いピンクのタイルのような板だ。バブル・ガムの色はピンクときまっている。

 なにもおまけの入っていないただのバズーカは、時代によっていろんなパッケージがあることだろう。いま僕の手もとにある一例は、七センチかける三センチかける二・五センチという直方体のパッケージだ。このなかに十個のバブル・ガムが入っている。

 フリーアーというメーカーのダブル・バブルという風船ガムは、子供の頃の僕がいちばん好いていたものだ。一センチを越える厚さの、三センチかける四センチほどのピンクのガムが、小さい紙にカラーで印刷したマンガとともに、ひとつずつ包装してあった。一九六十年代なかばに、このダブル・バブルの厚さが半分ほどになったのを見たときには、びっくりすると同時に悲しくもあった。

(底本:『白いプラスティックのフォーク──食は自分を作ったか』NHK出版 二〇〇五年)

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2017年6月11日 00:00
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