アイキャッチ画像

主体でも客体でもなく

縦書きで読む

LinkedIn にシェア
LINEで送る
Pocket

 鎖国という制度を終わりにして開国したとき、日本は西欧から技術としての科学を受け入れ、科学の精神のほうは受け入れなかった、としばしば説かれる。多くの人たちが、何度も繰り返して説く。そしてまともな反論を、少なくとも僕は見ていない。

 奈良の大仏や明治維新の大砲のように、自分のところで役に立つ科学技術は受け入れて活用するが、精神に関してはまったく別種類の精神ですでに充分に間に合っていたから、科学そのものとしての科学精神は、日本には入ってこなかった。日本が技術としての科学を受け入れ、精神としての科学を受け入れなかったとは、基本的にはこういうことだろう。

 科学には強力な普遍性があるから、こういうことが明らかになった、こうすればこういうことが可能だというかたちの成果だけなら、まずたいていのところには入り込むことが出来る。

 科学技術は日本に入ってきたが、それと完全に同心円である科学精神は、入ってこなかった。精神は人によって持ち込まれるとするなら、外の異文化から日本に人が入ってくることはなかった、と言っていいことになる。まったく入ってこなかったわけではないけれど、日本の核心と重大な衝突をするにいたるほどには、入ってはこなかった。

 たとえば科学は仏教とともに日本に伝わることが多かったが、技術が現世のために使われたのとおなじく、仏教という精神も現世のご利益のなかに拡散された。拡散されればされるほど、核心との衝突はゼロへと接近し、現世という現実を支える力となった。

 科学技術と完全に同心円を作る科学精神とは、なになのか。もっとも核心的な部分では、科学精神は人そのものを問題とする。人というものを理解するため、人に対して科学精神を作用させると、人は主体と客体とになる。

 主体とはなにか。客体とはなにか。基本中の基本であるこの主題を、科学精神はどこまでもつきつめていく。主体と客体が徹底的に考え抜かれてつきつめられると、主体と客体とは、もうこれ以上明確には区別出来ないほどにはっきりと、区別される。

 他のすべてから完全に区別されて存在する主体という人、そして客体という人。これがはっきりしないと、多くの人の集まりである社会は、少なくとも科学的には、にっちもさっちもいかない。

 どこまでいっても他者とは絶対に異なる、可能なかぎり追い込まれつきつめられて明確となった主体という存在は、自分以外の主体つまりすべての客体というものを、認めなくてはいけない。主体と客体とのこのような均衡の上に、社会のすべてが成立していく。これは科学そのものなのだが、じつは日本には、これが入ってこなかった。

 自と他の完璧な区別、と日本で言うと、自分は自分、他人は他人という、自分の現実に張りついた処世術となる。だから日本では、人はつきつめられた明確な主体ではないし、客体もまた、そのような存在ではない。さまざまな枠つまり現実の制度や日々の状況のなかに身を置いている、単なる受容者だ。

 自分とはなにか、少なくとも西欧ふうには、明確ではない。他者もそうだ。自分や他者をめぐって日本ではっきりしているのは、上下および利害の関係のありかただけだ。主体と客体についての科学がないところでは、社会は成立しない。日本はいまも村であるとする説は、日本にはまだ社会はまともには成立していないという意味でなら、正しい。日本では、自と他は五十歩百歩の、どんなに違っても五十歩までの、おなじようなものなのだ。

 毎年おなじ作業が総動員で厳密に繰り返される、水田稲作による村落共同体を支えて運営していくのにぴったりの主体そして客体のありかたが、日本ではごく初期の段階に確立されたのではないか。そしてそれ以降の歴史のなかで精錬され続けていくことをとおして、さらによりいっそう、それは確立された。

 日本人による日本人のための、ひとつにまとまった日本というものの歴史は長い。欧米の社会システムとそれを支えて運営していく人たち、そして彼らが使う言葉などに対する、いつまでたっても日本人のなかから消えることのない違和感の発生源は、この長い歴史のなかにある。

 日本にとって開国からの歴史は近代化の歴史だった。そして近代化とは欧米化のことだった。欧米化は複雑に重層しつつ、加速度的にいまも進行している。だからたいていのことを日本は体験してきたのだが、いまもって回避し続けているのは、つきつめられた主体と客体の問題だ。

 大小を問わずなにか問題があるたびに浮かび上がるのは、自分とはなにか、そして他者とはなにかの問題だ。欧米化の歴史が進めば進むほど、欧米の核心に向けて日本は接近していく。その接近が、日本の核心をあらわにした。

 自分とはなにか、他者とはなにかという、ソフトウエアの最たる部分を直視せず、したがってそのことについてなにも考えることなしに、日本はここまできた。いまの日本が抱えている強烈な捩じれの中心は、ここにある。開国からだけでも、歴史はもはや短くはない。日本の近代の歴史は、この捩じれそのものなのだ。こういう種類の歴史を生きてきた主体が、科学のための言葉に対して、学びにくさをさまざまなかたちで強く感じるのは、ごく当然のことではないか。

 つきつめられ考え抜かれた主体と客体の問題、というような言葉を見つめて考え込んでも、埒は明かない。科学の精神の上に立つ社会システムと充分に接近したことによって、科学の精神によらない社会システムの弱点が次々に明らかにされているのが、歴史の到達点である現在の日本だ。システムを科学的に改めればそれでいい。科学のための言葉は、その学習のしかたを科学的なものに改革すれば、多くの人のものとなる。

 社会を支える基本的なシステムのすべてがじつは科学なのだということを、日本は知らずにここまできた。いまふと思いついて、三権分立という言葉を僕は書いてみる。こういうシステムは科学なのだ。この言葉を僕は小学校で知った。先生が黒板に書いて説明するのを聞いたが、言葉だけを教わったという印象がある。言葉だけだからそれは教科書のなかの幻だ。教科書のなかだからこそ、幻でいられる。日本の現実のなかでは、三権分立はただの噓でしかなく、その噓の実態を知れば知るほど、悪質な噓なのだということがわかる。

 このようなことが、アメリカやヨーロッパに、すでに詳細をきわめて知りつくされている。日本がけっして欧米とおなじ意味での法治国ではないことは、知り抜かれている。ソフトウエアにおけるこのような非科学性を解決しないかぎり、日本は欧米と対等にはなれないし、日本じたいがもはや立ちゆかない。戦後の五十数年間、日本はこのようなことを解決してこなかった。外から見た日本に対する異質感は、高まりの頂上に達している。そしてそのような異質さを、欧米は絶対に認めない。

 これからも解決されないままとなる可能性は充分にある。しかし、どうしても変わらざるを得ない、のっぴきならない領域から変化していく可能性のほうが、少しは大きいように思う。変えなければやっていけないからだ。これまでとは異なった、いま少しは科学的なシステムへと変化していくことに引きずられるようにして、ものの考えかたも変化していくことに、淡い期待をかけるほかない。

 日本異質論というものがかつてあった。日本は異質だと外国が言い、自分たちは異質であると日本も言った。いまでも日本は異質なままだが、日本の外にある世界にとって日本の異質さは、かつてにくらべるとその意味するところが大きく変化した。

 かつては、日本は異質だからけしからんと外国は言い、日本はその異質さのなかに居直っているからもっとけしからん、などと言われた。いまでも異質なままの日本の、その異質さは、外の世界にとっての稼ぎの場になろうとしている。

 複雑に急速に、世界は激変している。変化のしかたが現在よりはるかにゆるやかで、その様相も単純だった時代には、日本とその外の世界とのあいだには、充分な距離があった。その距離に守られるようにして、日本は異質なままでいることが出来た。

 しかし、現在およびこれからの変化の速度は急激であり、変化の様相は複雑さをきわめたものとなる。なによりも世界各国のせちがらさは、前代未聞の域に達している。そしてそのような世界と日本とのあいだに、距離はゼロだ。日本の内部に、そのような世界は、すでに充分に入り込んでいる。

 日本がいまも持つ異質さとは、国の運営にかかわるあらゆる領域において、なんら変えることなく維持しつづけた非科学性だ。科学は目を外へ向けさせる。非科学性は内向きの世界のみを作る。内部の実態を外の人たちが知れば知るほど、呆れて言葉もないという現状は、外とのあいだに日本がかかえた落差だ。

 そして外はすでに内部にある。日本が持っている外との落差とは、世界の変化がなんらつかめていないこと、どうなりつつあるのか読めてもいないこと、変化にどのように対応していいのか見当もつかずにいること、変化に対してなんの準備もないこと、どこから手をつけていいのかすらわからないこと、したがっていつまでもなにひとつ変わらないこと、といったないないづくしで構成されている。

 資産がけっしてゼロではない日本が、外とのあいだに国がらみでかかえているこのような落差は、外から見るといまではカモに見える。ここにはない胡椒を、胡椒のふんだんにあるあそこから持ってきてここで売れば儲かる、というような落差が昔のものであるなら、現在の落差がどのようなものであるのか、日本が身をもって示している。

(『日本語で生きるとは』筑摩書房、1999年所収)

タグで読む05▼|日本語で考える/日本語を考える

タグで読む_バナー日本語

関連エッセイ



1999年 『日本語で生きるとは』 日本 科学
2017年4月13日 05:30
サポータ募集中