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東京のハードな日々

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残暑はとっくに終わっている季節の、しかしひどく暑い晴天の日、水曜日の午後三時すぎ。東京・内神田のたしか二丁目、その名も出世不動という道を、JR神田駅の南口からさらに南へ下がった地点にあるJRの高架下に向けて、僕はひとりで歩いていた。

信号のない四つ角にさしかかった。横断歩道を渡っていく僕の目にとまったのは、僕が渡っていこうとしている向こう側の、文字どおり四つ角の、道路に沿った歩道がカーヴを描いている小さな三角地帯とも言うべき、歩く人たちの動線からはずれた邪魔にならないところで仕事をしている、ひとりのサラリーマンの姿だった。

歩道の上へじかに横へとならべた書類を黒いナイロンの鞄で押さえ、その書類に向かってかがみ込んだ彼は、携帯電話でなにやらしきりに相手と話をしていた。鞄で押さえた書類のかたわらにも、何枚もの書類が広げてあった。細かな表に数字がびっしりと記入されたおなじような書類がさらにひと束、横へずらせて置いてあった。

横断歩道を彼のいる側に向けて渡っていく僕は、彼の観察を続けた。最近の三十代そして四十代のサラリーマンによくある、なぜかむっくりと重く太った体躯に、黒いスーツを着ていた。ただ着ているだけ、しかも何日も連続して着ているから、着ていることすらすでに忘れているのではないかと思えるような、ほとんどよれよれの着こなしも、いまの東京のいたるところで見かけるものだ。そのような黒いスーツに、形態記憶の白いシャツにキオスクで買ったようなタイ。どっしりとしゃがんで書類を指さしながら、携帯電話の相手と彼は会社業務の会話を続けた。少しだけ風が吹いた。鞄で押さえてある書類のかたわらに広げた、風に対して無防備な書類の数枚が、しゃがんでいる彼の後方に向けて、歩道の上を舞うように散っていった。しゃがんでいる股の前には、カップ麺がひとつ置いてあった。半分ほどはがしてある蓋や、そこから内部の麺に差し込んである割り箸などを、横断歩道を渡りきった僕の視線はとらえた。

飛ばずに残った書類の上にそのカップ麺を置いた彼は、携帯電話で話を続けながら、歩道の上を散っていく数枚の書類を追いかけた。さきほどよりもさらに少しだけ強い風が吹いた。鞄で押さえてある書類はなんともなかったが、一個のカップ麺を文鎮のかわりとした書類は、その半分ほどが風にあおられて大きくめくれ上がり、カップ麺は軽くあっけなく倒れ、重なり合う書類の上にカップのなかの麺や汁がいっきに広がった。

風に飛ばされて散った書類を、彼はすべて拾い集めた。携帯電話でなおも話を続ける彼は、歩道に広げた書類と鞄、そして書類の上に倒れたカップ麺へと、戻っていった。その彼とすれ違って数歩だけ歩いてから、僕は振り返った。右手で携帯電話を耳に当てている彼は、カップ麺が倒れた書類を左手に持ち、歩道の縁から車道に腕をのばし、書類から麺や汁を振り落としているところだった。

(『白いプラスティックのフォーク──食は自分を作ったか』2005年所収)

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2005年 『白いプラスティックのフォーク──食は自分を作ったか』 サラリーマン 東京 神田
2017年3月17日 05:30
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