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それを環境と呼ぶか

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 個性や自分らしさなどは、自分はこれではなくあれを買ったという軽度の、あるかないかの微小な差異にもとづく、形而下の出来事でしかない。そんな自分をはるかに越えた価値、つまり普遍性という形而上の出来事への加担こそ最大の生きがいであるはずなのに、そこから思いっきり遠いところにいるひとりの自分という種類の人が持つ最大の特徴は、自分の頭で考えられることしか考えない現状、すなわち、なにひとつ正しくは考えられないというありかただ。

 そうした正しくない人たちの日々が作り出したすべての景色の本質は、我勝ちに主張される自分とその都合というディテールの集積だ。普遍性という形而上の出来事が、たとえば景色の美しさという公共の価値であったりもするなら、そのまるっきり反対の、乏しい生活現場の周囲に張りめぐらされた、見事なまでに抑圧的で陰鬱な景色を環境と呼んだりするのは、それこそが形而下の出来事ではないか。
      

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(『ホームタウン東京−どこにもない故郷を探す』2003年所収)

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2003年 『ホームタウン東京──どこにもない故郷を探す』 写真 東京
2017年3月15日 05:30
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