アイキャッチ画像

三十日間で悲しみを克服する法

LinkedIn にシェア
LINEで送る
Pocket

 できるだけニュートラルな視点や気持ちを持ってアメリカの町を歩いていると、これはまさにアメリカだなあとか、ほんとうにこれはアメリカ的だなあ、と思いつつかなりの感銘を受けてしまういろんなものが、目に入ってくる。場所がアメリカなのだから、あらゆるものがアメリカでありアメリカ的であるのは当然なのだから、アメリカ的なもののなかでも特別に強くアメリカらしさを感じさせるもの、と言いなおせば、より正確になるだろうか。

 その、特別にアメリカを強く感じさせるもののひとつに、肥った女性、というものがある。

 アメリカの町を、ニュートラルな視点や気持ちを持って歩いていると、肥った女性が、アメリカのアメリカ自身によるアメリカらしさの例証のひとつの典型として、印象強く目に映じてくる。

 アメリカの町を歩いている肥ったアメリカ女性は、ほんとうにアメリカ的だ。肥った女性は、たくさんいる。男性も数多く肥っているが、肥った男性よりも肥った女性のほうが、アメリカの業のようなものをより強く感じさせ、いたましい。

 肥っている、といっても並大抵の肥り方ではないことが、非常にしばしばだ。彼女たちは、巨大に肥満している。そして、その彼女たちの肥満は、根の浅いただ単なる肥満ではなく、根は複雑に深いのではないかと、ぼくは思う。根が深くなくては、いくら骨格や食事がちがうからと言って、あんなにまでおそろしく肥ることはできないにちがいない、とぼくは思う。

 アメリカの町を歩いていて、アメリカ的に肥った女性を次々に目にすると、次第に悲しい気持ちになってくる。彼女たちが見た目に美しくないのは当然だが、それにもまして、彼女たちは苦しそうで悲しげだ。

 いったいなにが原因で彼女たちはあんなに肥るのだろうかと、その原因を推測しつつ悲しい気持ちとなって町を歩いていき、たとえばいきつけのブックストアまで来て店のなかに入る。

 ブックストアのなかの一角を大きく占領して、やせるための本、シェイプ・アップするための本、より美しくなるための本などが、色とりどりにはなやかに、何冊も何種類も、ならんでいる。

 タイトルや本のつくりを一冊ずつながめ、手にとって開いては、やせるためのエクササイズをやってみせている美しいモデルの写真をながめていると、町で見かける肥った女性の姿が、再び目にうかんでくる。

 こういう本を、いったい誰が買うのだろうかと、ふと思う。町で数多く見かける、アメリカ的に肥った女性たちが、やはり買うのだろうか。

 彼女たちの肥満は、ちょっとやそっとの生やさしい問題ではない。けっして生やさしくないなんらかの問題をかかえこんでしまったとき、当事者がその問題に関して真剣な相談を求める相手は、アメリカの場合、じつに非常にしばしば、本、つまりセルフ・へルプ(自分で自分を助け、改良していく)のための、ブックスなのだ。

 アメリカには、ありとあらゆる分野にわたって、実用的なセルフ・へルプのハウ・トゥ・ブックスが存在する。問題をかかえた人にとっての相談相手として、本がひょっとしたら一位かもしれないという高い位置にきているからだ。

 いったい誰が買うのだろうかと思いつつ、ぼくは、やせるためのセルフ・へルプの本を三冊、自分で買った。

『ほっそりとした太腿を三十日間で達成』

『三十日間で、より形よい胸をつくる』

『三十日間で美しいお尻となる』

 以上、三冊だ。本というよりもブックレットだろう。三冊とも六十四ページだ。各二ドル九十五セントのバンタム・ブックスである。この三冊は、三冊でひとそろいのシリーズだ。ぼくが買ったときには、太腿と胸と尻の三冊しか見あたらなかったが、ほかにも出てるかもしれない。アメリカ的に肥った女性の問題エリアをしぼりこんでいくと、太腿と胸と尻の三か所になる、という点において、この三部作は興味深い。


スクリーンショット 2017-02-18 7.11.16
Thin Thighs in 30 Days
Wendy Stehling,1982
[amazon(米国)|Bantam Books]

 


スクリーンショット 2017-02-18 7.15.47
30 Days to a Beautiful Bottom
Deborah Cox,1982
[amazon(米国)|Bantam Books]

 まず太腿だが、アメリカ的に肥った彼女たちの太腿は、すさまじい。女性は出産という生理的な必然として、骨盤や大腿骨のつきぐあいが、男性とはちがっている。腰から太腿にかけて男より広く出来ていて、肉のつきやすさという点では、不利なのだ。しかし、彼女たちの太腿の肥り方は、尋常ではない。こってりとつきまくった余剰のお肉は横にむけて大きく広がって張り出し、通俗日常語で言うところのサドルバッグのようになっている。そしてそれが重力に負け、地面にむけて重く苦しそうに、さがっている。ポリエステルのふといスラックスが、この太腿にぱんぱんに張りつき、明るく強い陽ざしに光っている。

 胸も、おなじようにすごい。そしてお尻も、やはりすっごい。

 太腿、尻、そして胸の三つのエリアを、それぞれの美しさの基準の一定レヴェルまでもどしてあげれば、見る人が悲しくなったり、見られて悲しくなったり、さらには自分で自分が悲しくなったりはしなくてすむ程度の美しさやセクシーさを手に入れることができるわけだ。そして、そのことを、三十日でいちおうやってみよう、というわけだ。二ドル九十五セントで手に入る、三十日がかりの奇跡への入ロだ。

 三十日とは、ひと月ではなく、日曜だけお休みであとは毎日、つまり五週間のことだ。胸のほうはウェイトを使うせいだろうか、一日おきとなっている。三冊とも、内容はおなじような構成だ。誰にでもできるはずの簡単な一連のエクササイズが写真入りで説明してあり、体ぜんたいのエクササイズや食事についての注意、自分にとって不利とならないファッションのアドヴァイス、そして質疑応答、という内容だ。

 この一連のエクササイズを、何セットかずつ、一日にすべておこなうのだ。体にしっかりと張りついてしまった余分なカロリーを燃焼させるためのエクササイズというよりも、使わないでほったらかしておき、肥るがままに放置してきた体をとりあえず第一段階ひきしめるための、マスル・トレーニングのためのエクササイズだ。三十日つづければ、おや、少しスマートになったなと、人も自分も認めるほどの効果は、あがるだろう。

 胸の本はレジナ・ラーキンという、プロのダンス・カンパニーのダンサー兼ボディ・トレーニングやアラインメントの専門インストラクターの指導のもとに、ジュリー・デイヴィスというライターが書いた。尻の本も、書いたのはジュリー・デイヴィスで、指導したのはデボラー・コックスだ。デボラーはニューヨークのフォード・モデル・エージェンシーのモデルだ。太腿の本は、自らのセルフ・へルプ体験をもとに、ウェンディ・ステーリングが書いた。ウェンディはニューヨークの大きな広告代理店のエグゼキュティヴだそうだ。

 肥満を解消してセクシーになるとはどういうことかについて、三冊とも、心がまえのようなことにごく簡単にふれている。

 自分で自分をシェイプ・アップして、より美しい自分に近づいていく作業は、一定の美しさの基準に自分を対比して、その基準へ無理やりに自分を押しこむことではないと、ウェンディもデボラーもレジナも、言っている。自分がなりうるもっとも美しい状態にまで自分をたかめ、その自分を自分で最高度に愛することができるようになると、その人は美しくセクシーなのだという。アメリカの町で数多く見かけるアメリカ的に肥った女性は、自分で自分を愛せない状態にあるから、悲しげで苦しそうなのだ。

底本:片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』太田出版 1995年

タグで読む03▼|片岡義男の書いたアメリカ

banner_tag_america

関連エッセイ

1月19日 |ジャニス、たしかに人生はこんなものなんだ


1月26日 |服は雄弁な言葉だ。気をつけてきこなそう


1月29日 |十四年まえのペーパーバック


2月16日 |理想主義の炎を燃やしつづけるために


2月17日 |女性ボディビルダーの魅力を支える、苦しみの個人史


3月5日 |ジェーン・フォンダというアメリカ女性の場合


1995年 『紙のプールで泳ぐ』 アメリカ エッセイ・コレクション 女性 書評 片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』 読む
2017年2月18日 05:30
サポータ募集中