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軽飛行機の使い方

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 アメリカのTVで放映されているニュース番組を、ぼくは趣味として大量に観ている。いろんな意味でたいへんに面白い。ぼくが感じた面白さのひとつひとつについて、書いてみたい。

 TVといえばアメリカのニュース番組しか観ないぼくだが、長いあいだ大量に観つづけていると、なじみの顔やひいきの人が出来てきて、楽しい。

 アンカーマンや現場からリポートしている記者たちは、どの番組でもすっかりおなじみだが、ぼくの好きなリポーターのひとりは、CBSイーヴニング・ニュースのジェイン・ブライアント・クインだ。品があって的確で、どこかおっとりとしてもいて、一見したところ普通だが、よく見ると美人でもある。こういう女性は、なかなかいない。

 男性では、ひいきというほどではないけれど、大統領の副報道官だったラリー・スピークスは出色だった。彼はメリル・リンチの広報担当の重役に転身した。記者たちに説明したり質問を受けたりする彼の姿をもう見ることが出来ないと思うと、さびしい。ニュース番組を観ているあいだは、ぼくはスピークスのファンだった。童顔で年齢不詳、そして職務にあっては公正な人のようだった彼の、たとえば白い半袖のポロ・シャツを着て緊張を抜いているときの姿など、いつかのニュース画面でちらっと見たのを、ぼくは懐かしく思い出す。

 TVのニュース画面のなかで頻繁に観ている人たちのうち、何人かは、やがて自分にとってひいきの人になっていくようだ。たとえばアメリカ国内での失業者が、職を失ったばかりの無力な個人として、ニュースの画面にたびたび登場する。彼らに対しても、一八〇度裏側からの共感のようなものを、ぼくは覚えるにいたっている。

 失業者たちについてはのちほど書くことにして、まず軽飛行機について書こう。アメリカのTVニュースのなかに、軽飛行機がかなりの頻度で登場する。子供の頃から軽飛行機の好きなぼくは、墜落のような悲しい事故のニュース以外なら、面白く観ている。

 ニュース番組のなかに登場する軽飛行機をめぐるストーリーは、一種の暇ネタだとぼくは思うが、もっとも最近では、遠く人里を離れた山奥に住んでいる人たちに軽飛行機で郵便を配達しているメイル・マンの話があった。

 冬には雪にとざされて往き来はとうてい出来ず、夏でも歩いていくとなると普通の人にとってはたいへんな遠征となりかねないような場所に、きわめて個人主義的な理由によって悠々と住んでいる人たちが、アメリカにはたくさんいる。あの広い国のなかには、そのような場所はいくらでもあるし、そこに住む人たちもまた、ヴァラエティ豊かにたくさんいる。

 ヴェトナムでパイロットとして修羅場をくぐってきたというメイル・マンは、森林のなかを蛇行する河に沿って軽飛行機を操縦し、山奥深く、週に一度だったか月に一度だったか、郵便物の配達に出むく。

 配達するのは郵便だけではない。頼まれた買物を届けたりもする。どの人がなにを好きか、どんなものをよく買うか、メイル・マンの奥さんはすでに熟知していて、買物の代行は彼女の役目だ。

 頼まれた買物を段ボールの箱につめる奥さんが画面に登場した。質実剛健、とことんやり抜く、といった彼女の雰囲気は夫のメイル・マンにも共通していて、アメリカで今日も自分の一日を生きている人の、その肉体の匂いや動きといったものを、ぼくは画面の彼女から強く感じとった。

 日々を生きている人たちの肉体を感じさせるという点では、しばらくまえに観た次のようなニュースも愉快だった。

 妻との離婚話をこじらせた夫が、ある日の午後、自分の軽飛行機で飛び立ち、町の上空を旋回しつつ、俺はこれからショッピング・センターに突っ込む、などと無線で言いはじめた。

 小さな町は大騒ぎとなり、ショッピング・センターからは人々が避難した。彼の奥さんが無線で夫をたしなめつつ、早く降りてくるように説得する場面が、圧巻だった。これに関しては詳しく語りたい気がするが、とにかくあのような状況であのような口調で夫に語りかける妻というものは、日本には絶対にいない。アメリカに生きる普通の人の肉体のほとんどすべてを、彼女は、ほんの一瞬、ニュース画面のなかに完璧に具現してみせてくれた。

 夫の操縦する軽飛行機はやがて燃料を使いはたし、町の小さな空港に着陸した。警察に彼はひどく叱られた、とリポーターは言っていた。

 何年かまえのクリスマスには、人里離れたところに生きる人たちに、飛行機でクリスマス・プレゼントを落としてまわる人のことが、とりあげられていた。

 その飛行機のパイロットは壮年の女性であり、飛行機でプレゼントを配ってまわることは、かつては彼女の父親がやっていたことだった。

 父親にかわっていまでは自分がひきついでいる彼女は、子供の頃に父親といっしょにクリスマス・プレゼント配りをしたときの思い出を語っていた。飛行機の窓から吹きこむ冷たい風と、雪の地上で手を振っている人たちとを、鮮明に記憶していると、彼女は語った。

 テープのつなぎかたはものすごく巧みであり、さりげなく感動的な、きわめてヒューマンなクリスマス・ストーリーとなっていた。クリスマスのたびにこうして披露されるいい話もまた、日々のなかにある肉体の、さらにその奥にある心の鼓動の産物だ。

 着陸しようとした軽飛行機のランディング・ギアが出なくなったらどうすればいいか、というストーリーも、面白かった。とある田舎町での、ある日の午後の出来事だ。

 ギアが出ないことをパイロットから無線で受けた空港の整備士は、その飛行機に低空飛行をさせ、双眼鏡でギアの状態を観察した。ひっかかって出ないのだと判断した彼は、その飛行機に滑走路上をすれすれに低空飛行させ、自分は屋根のない自動車でその飛行機の下をおなじ速度で走り、長いL字の形をした金具でギアを引きずり出す、というアイディアを思いつき、実行に移した。何度か失敗したあと、見事に成功した。

 広大な畑に害虫対策の薬を飛行機で散布するパイロットのストーリーもあった。

 作物が一定のところまで成長したあとの短い期間のあいだに、薬をすべて散布しなくてはならないから、散布パイロットには昼夜を分かたずひたすら飛んでいる、という日が何日も続いている。

 自分の飛ぶ範囲のなかで、地形がどんな形をしていて、どこにどのような建物があるのかパイロットは知りつくしている。しかし、月も星もないまっ暗な夜のなかを、見当や勘だけで飛びまわるのは、たいへんに勇気を必要とする作業であるはずだ。

 闇夜、広大な畑のなかにぽつんとある納屋を、すれすれにかすめて飛んでいくシーンがあった。これでほんとに飛ぶのだろうかと、たいていの人が思うような飛行機で、なにごとでもないような平気な顔をして、パイロットは庭さきからあっけなく空に舞いあがっていく。いまのアメリカでもっとも勇敢な農業従事者を何人かあげるなら、彼はかならずそのなかに入るだろう。

 軽飛行機が存分に活躍するこのような光景は、まことにアメリカ的な日々の光景と言ってしまえばそれまでだが、アメリカでの自分の毎日を生きている人たちの肉体のこのような感触を、たとえば日本の人たちは、あまりにも知らないのではないかと、ぼくは思う。

(『個人的な雑誌2』1988年所収)

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1988年 『個人的な雑誌2』 アメリカ ニュース番組 軽飛行機 TV
2016年12月24日 05:30
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