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陽が沈むころ、オンボロ自動車で波乗りフィルムを見に行く

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 朝は早くに起きる。五時、六時という早さだ。まやかしのない、ソリッド(内容のしっかりした)な材料でつくった朝食を、時間をかけてゆっくり、しかも、しっかりと食べる。食卓の話題は、波のことばかりだ。ラジオのニュースが、今日の波の情報を伝えてくれる。

 朝食が終わってひと休みすると、サーフボードを持ち出してくる。誰もが、自分のボードをとても大事にしている。手入れがよく、ピカピカに光っているボードばかりだ。

 すさまじいオンボロの、オープンのフォルクスワーゲンに、ボードをくくりつける。年代不明のシヴォレーのルーフ・キャリアに、サーフを固定する。ダッジのヴァンに、ボードをつみこむ。海へいくのだ。朝の海。

 外に出ると、すでに、陽がさんさんと照っている。空が、とても濃いブルーだ。空気が太陽に焼かれている。その香りが、かんばしい。目まいのするほどに鮮烈な陽光だ。肌に心地よく熱い。今日もまた、陽焼けのうえにさらに陽焼けをかさねる。海岸へ向かう。アスファルトのハイウエイに、まわりの熱帯樹の緑が、素敵に調和している。

 つらなって走っているぼくたちの三台の自動車のほかには、いきかう車もない。けわしい山肌の、深い緑の山なみから、風が吹いてくる。サトウキビ畑のサトウキビの葉が、キラキラと光る。風が吹くと、その風の動きにつれて葉がそよぎ、風の動きが銀色に輝く葉のうねりとなって、ハイウエイからでも見てとれる。

 パイナップル畑のむこうには、黄色いトラックが入りこんでいて、作業をしている。

 山裾を、海沿いにハイウエイがくねっている。赤く塗った古風な鉄橋を渡る。カー・ラジオからは、じつに愉快な日本語放送が聞こえている。オアフ島北海岸の午前八時。ホノルルではまだラッシュ・アワーですと、アナウンサーが告げている。

 海にそって広がっている野原を抜ける未舗装の道に、自動車を乗り入れる。やがて、のぼり坂になる。のぼりきると、樹が並木のようにつらなっている道から斜めに海岸にむけてスロープがあり、陽を受けて黄金色に輝く海岸と、そのむこうの海が、視界いっぱいに見える。

 人のひとりもいない海岸と海が、目のなかいっぱいに見えた瞬間は、なんともいえない。そのような光景は、それを見る人の肉体を純化してくれる。

 樹のあいだに自動車をとめ、みんなで海をながめる。理想的なショア・ブレイクの波が沖に見える。遠くからやってきたうねりは、おもむろに海面に背をもたげると、右から左へ、白い飛沫を高くあげつつ、ピールしていく。濃いブルーの波に、白い波頭。そして、ピールしていくときの動きが、まるで嘘のように美しい。あの波に、これから乗るのだ。

 午後のまだ早い時間に一日を終え、山のふもとの家へ帰ってくる。昼寝をし、早い夕食をすませると、今夜はみんなでホノルルへ出ていく。オンボロの自動車に分乗し、大きく傾いた夕陽の、オレンジ色の光を受けながら町に向かう。ワイキキは久しぶりだ。このオープンのフォルクスワーゲンも、まもなく、フリーウエイを走るのを禁止されるだろう。

 フリーウエイからワイキキにおりてくると、もの珍しい。カイムキの映画館まで、まだ時間はたっぷりある。カラカウア・アヴェニューに面した店に入り、ビールを飲みながら、しばらくビールを飲みながら、しばらく、ピープル・ウォッチングだ。すぐ外の歩道をそぞろ歩くさまざまな人たちを、ながめて楽しむ。夕方から夜にかけてのワイキキが、はじまろうとしている。いつ見ても、ほんとうに不思議なところだ。島の裏側の田舎よりも、自動車のたくさん走っているここのほうが、風の甘さがよりいっそうせつなく胸にこたえるのは、ハワイアン・パラダイス百年の伝統のせいだろうか。

 映画館は、満員の盛況だ。夏の観光シーズンだから、サーフィン映画をはじめて観る人たちも、たくさん来ている。枯草がくすぶっているような甘い香りが、館内に漂っている。スクリーンには、冬のワイメアの大波。どよめきが館内に広がる。パイプラインのロペズ。オーッ! という声が、いっせいにあがる。今日、朝早くから自分たちもしてきた波乗りとおなじものが、スクリーンの上にもある。美しすぎるほどに美しく。

(初出:『サーフシティ・ロマンス』1978年、底本:片岡義男エッセイ・コレクション『僕が書いたあの島』1995年所収)

今日の一冊

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ラハイナの赤い薔薇|片岡義男
良い朝食には良い朝が必要であり、それは前夜、つまり、良い夜からすでに始まっている。

今日のリンク|161218|“パイプ・マスターズ|Billabong Pipe Masters”今年も開催中!
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1978年 1995年 『サーフシティ・ロマンス』 エッセイ・コレクション サーフィン ハワイ ホノルル 片岡義男エッセイ・コレクション『僕が書いたあの島』
2016年12月19日 05:00
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