アイキャッチ画像

いちばん大事なアメリカ製品は、なにですか

LinkedIn にシェア
LINEで送る
Pocket

 僕にとってもっとも大事なアメリカ製のものは、アメリカ英語、そしてそのなかに織りこまれている、もののとらえかたや考えかたの総体だ。それはピンからキリまであるのだが、出来るだけいいほうを目ざすとして、これがなかったら僕はどうにもならない。僕が僕ではなくなってしまうほどに、それは切実で深刻なものだ。僕の中心軸の重要な部分を、それは占めている。

 しかし、それは手に取れる品物ではないし、誰にでも手に入る商品でもない。言葉というものにもっとも近い品物、つまり製品はなにだろうかと考えてみると、本はすべてそうだ。受信するときに本は欠かせない。発信する側にまわるときに必要なものとしては、タイプライター、ワードプロセサー、文房具全般などを、すぐに思いつく。

 タイプライターは僕にとって必需品だから、これでもいいかなとも思うのだが、もっと追いこんでいくと、紙の上に字を書くという行為のための、ノート類が浮かんでくる。自慢でもなんでもないけれど、僕はノートを大量に使う。そしてもっと追いこんでいって、カードにたどりついた、これにしよう。

 日本では情報カードと呼ばれている。縦三インチに横が五インチの、あの小さな長方形のカードだ。これも僕は大量に使う。僕の愛するアメリカ製品は、このスリー・バイ・ファイヴのカードだ。その一枚のカードには、十本の横罫が引いてある。いちばん上の罫は淡い赤で印刷してあることが多い。行間は、いま使ってるものをはかってみたら、六・五ミリという微妙なものだった。

 閉じてないばらばらのもの、そして針金によるスパイラルで閉じてあるものをよく見かけるが、僕が愛用しているのは、天だけをごく軽く糊づけした、一冊のパッドになったものだ。指先にほんのすこしだけ力を入れて引っぱると、きれいに取れる。これがなんとも言えず便利で、たいへんいい。

 このカードを僕は大量に使う。アメリカ製がいい。おおざっぱな作りと質が、書きとめておくという作業にぴったりだ。日本製のは紙質が硬質すぎるし、きっちりとできすぎていて、書かれること、使用されることを拒否しているような雰囲気がある。

 どう使うのですかときかれると説明に困るが、基本はワン・アイディアを一枚に、ということだろうか。ワン・アイディア、そしてそこから派生してくること、つながってゆく先、さらに思いつくことなどを、あとで読みかえしてわかる程度の簡略さで、書き留めていく。大量に使うとは、記入ずみのカードが大量にたまる、ということだ。専用のプラスティック製の箱があるから、それに入れておく。ジャンル別に、ごく簡単に区分けしておく。

 大量にたまったのを、あとで見ていく。テーマ別に何枚も選び出す。選び出したものを、ある順番に沿ってならべてみる。何度かならべかえていくうちに、たとえばいま書こうとしている本のための、ひとつの章のアウトラインが、すでにほとんど書かれた状態で目のまえに出来あがる、というしかけだ。

 三インチ五インチの次のサイズは、四インチ六インチだ。そしてその上に、五インチ八インチというのがあり、三種類を使いこなせば無敵と言っていい。

 このスリー・バイ・ファイヴのカードを僕が最初に手にしたのは、僕がまだもの心つく以前のことだった。当時の僕の父親は、アメリカ製の事務用品や文房具の輸入と販売にたずさわっていたことがあり、自宅にはサンプルが山のようにあった。それが幼い僕の玩具がわりになっていた。小さいカードなどは、絶好の玩具だったのではないだろうか。

 アメリカ製のノート類を僕はたいへんに好いている。気持ちをとらえるものを見かけると、使う予定などまったくないままに、買ってしまう。そしていつのまにか相当な量になる。どうしてここまで好きなのだろうかと考えていくと、幼い頃に玩具にして遊んだことが、すこしだけおおげさに言うなら、僕の意識下に強い影響をあたえているからだ。覚えていると言うか、手に持ったときの懐かしい大切なもののような感触は、こからも消えることはないだろう。

 三インチ五インチというサイズはヨーロッパのスタンダードでもある。針金のスパイラルで閉じてあるものから、その針金を取ってしまうと、ヨーロッパ製の六穴のリフィールとしても使うことが出来る事実を、僕は発見している。穴のピッチが一致するのだ。いいリフィールがなく困ることが多いが、いまではカードをリフィールに使っている。直径が一センチのバインダー式の手帳に、カードが四十枚入る。持って歩くのにちょうどいい。

底本:『ノートブックに誘惑された』角川文庫 1992年

11月11日刊行『万年筆インク紙』

%e8%a1%a8%e7%b4%99%ef%bc%bf%e4%b8%87%e5%b9%b4%e7%ad%86%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%82%af%e7%b4%99

自分の思考が文字となって紙の上に形をなす。
頭の中にうかんだ小説のアイディアをメモするための万年筆、
自分の思考をもっとも良く引き出してくれるインクの色、
そして相性のいいノートブックとは──。

作家・片岡義男が道具から「書く」という仕事の根幹について考えた
刺激的な書き下ろしエッセイ。


晶文社|ISBN:978-4-7949-6939-2 C0095|定価:本体1800円+税|四六判変型|288頁

制作舞台裏|書くことの根幹へ|斉藤典貴(晶文社編集部)

%e5%88%b6%e4%bd%9c%e8%88%9e%e5%8f%b0%e8%a3%8f%ef%bd%9c%e4%b8%87%e5%b9%b4%e7%ad%86%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%82%af%e7%b4%99

デジタルの光で観る|『なにを買ったの? 文房具』

%e7%89%87%e5%b2%a1%e3%83%95%e3%82%a9%e3%83%88

新刊刊行に合わせて、サポータ用の写真アーカイヴ「片岡フォト」から『なにを買ったの? 文房具』を一般公開中。写真を選んでクリックすると一枚単位で拡大できます。ステッドラーのブルーの水彩色鉛筆もじっくりご覧になれますよ。

タグで読む01▼|文房具

banner_tag_stationery_1109

片岡作品の代表的なキーワードを選んで作品をご紹介する企画、第1回は「文房具」です。エッセイや小説の末尾にキーワードがこんなふうに並んでいますが、

%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-11-9-03-38

これを“タグ”といいます。このタグをクリックすると、キーワードに関連した作品をまとめて読むことができます。まだ作品の少ない言葉も多いのですが、ある程度まとまってきたものを中心にご紹介してゆきます。

関連エッセイ

11月20日 |文房具を買いに2013

11月15日 |子猫も呆れるノートブックの貯蔵量


11月14日 |鉛筆を買う、という趣味の始めかた


11月9日 |オートポイントというアメリ力らしさ


11月4日 |消すことによって生まれる新たな可能性


11月2日 |[クレール・フォンテーヌのノートブック]


9月5日 |タイム・トラヴェルでどこへいこうか


4月27日 |ノートブックに書きなさい、とツバメが言う



1992年 『ノートブックに誘惑された』 アメリカ ノートブック 情報カード 文房具
2016年11月30日 05:30
サポータ募集中