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やがて隠者になるのか

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 二十代前半の頃には、どこで誰と会っても、誰と仕事をしても、そのときそこに集まった何人かの人たちのなかで、いちばん若いのは常に僕だった。

「きみはいくつなんだ」

「二十四歳です」

「なぜそんなに若いんだ、馬鹿野郎」

 というようなやりとりが、いろんな場所で何度もあったのを、僕はいまでも覚えている。馬鹿野郎、と言いたい気持ちはよくわかる。しかし、そう言った当人にしても、せいぜいが四十代なかばでしかなかったのだが。 

「こんな若い人があんな文章を書くのですか。世も末ですねえ」

 などと言われながら、二十代前半の僕はフリーランスの雑文書きをしていた。

 十代の日々を終えて二十歳になったときには、別になんともなかった。そうか、ついにそうなったか、と思っただけだった。十代という日々、特に後半のそれは、少なくとも当人にとっては、あまりよろしくない日々だ。早く抜け出したい、という気持ちがあったのは確かだ。

 二十五歳を過ぎて二十六歳になったときには、相当に困った。気持ちは暗かった。これまで僕がもっとも暗い気持ちで過ごしたのは、二十代のなかばを越えていく二年ほどの期間だ。二十歳になった頃は、頭のなかがいっぱいで余裕はない。だが二十代もなかばを過ぎると、頭のなかに隙間が出来る。そしてそこでいろんなことを考えるようになる。暗い気持ちはそのせいだ。

 あまりに困った僕は、二十代後半になりました、これから先は余生です、と言っていた。半分は冗談、しかし残りの半分は本気だった。そして三十代からのすさまじく多忙な日々は、仕事三昧の境地です、と言って笑って過ごした。

 四十代の僕は、

「忙しいでしょう」

 と挨拶されると、 

「いまの僕は世捨て人のような生活をしています」

 と言っていた。

「自宅にこもってひたすら執筆ですか」

 と解釈する人もいれば、 

「ある程度まで世を捨てて人生を降りないことには、小説というやつは書けませんからね」

 と解釈する人もいた。

 五十歳となった僕は、

「僕はもう仙人です」

 と言うことにきめていた。

 解釈はさまざまだったようだが、 

「霞は食えるものですか」

 と言った人がいた。 

「なかなかいけます。思いのほか油が合いますね、天ぷらとか炒めものなど」

 と僕は答え、ふたりで笑った。

 年齢はもはやどうでもいい。問題は自分のありかただ。どうあるのがもっとも好ましいか。自分で得た答えはただひとつ、隠者となるのがいちばんいい、ということ。余生、三昧の境地、世捨て人、仙人、と続いて来たその延長線上に、隠者というありかたが僕には見えている。

 客観的に考察しても、これからの僕には隠者がもっともふさわしい、と僕は判断する。主観的には、隠者とならざるを得ない、と言っておこう。目ざして到達する目標ではなく、当然の帰結としての隠者だ。

底本:『自分と自分以外──戦後60年と今』NHKブックス 2004年

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2004年 『自分と自分以外ー戦後60年と今』 時間 自分
2016年9月21日 05:30
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