「今日は三月十二日です」
【短編小説の航路】こうして語って、メモを作れば、短編小説はなかば出来ている。
ともに四十三歳の宮田陽一郎と松本昭彦が郊外のバーで落ち合い、スコッチを飲みながら会話をしている。ふたりは出身地がおなじで、おなじ高校からおなじ大学のおなじ学部へいき、おなじ会社に勤めた。宮田陽一郎は三十三歳でその会社をやめ、作家となった。二杯目のスコッチを飲みながら、ふたりが交わす会話のあいだに、松本昭彦が語る女性とのエピソードが小説のワンシーンのような書きかたで挿入されて、ストーリーの抽象度を高めている。三杯目のスコッチとともに宮田が語るのは、ひとりの女性作家のごく平凡な一日のこと。こうして語って、メモを作れば、短編小説はなかば出来…