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評論・エッセイ

お母ちゃんという人

 僕にはお母ちゃんがいない。母親を呼ぶときの言葉は、僕の場合、最初から最後まで、お母さんだった。自分のことをお母さんと呼ぶようにと、母親はまだごく幼い僕をしつけたのだ。まだなにもわからないけれど、言葉らしきものはなんとか声に出すことの出来た段階の赤子に到達していた僕は、母親にそうしつけられるまま、母親という人のことをお母さんと呼ぶことになった。
 子供に自分のことをお母さんと呼ばせることにより、母親は自分をお母さんという自分へと、導いたのだ。お母さん以外の呼びかたでは得心がいかなかったからお母さんなのであり、このことに僕…

底本:『自分と自分以外──戦後60年と今』NHKブックス 2004年

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