VOYAGER

片岡義男.com 全著作電子化計画

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評論・エッセイ

入ってみよう、とお前が言った

 私鉄駅南口から歩いて五分の小さなバーだ。その小ささの隅々まで、バーらしさがいきわたっていた。バーらしさと言うか、時間を越えていると言うべきか。いつともわからない、かなり遠い過去のどこかに、出発点を持った、バーらしさだった。
 男ふたりがカウンターの席で肩をならべていた。ふたりともおなじ小さなグラスのなかに、おなじウィスキーがあった。男のひとり客がカウンターの右端にひとりいて、ママは彼の相手をしていた。彼女は五十代のなかばか。十歳は若くみえるとして、四十代なかばだ。見るからにこの世界の人であり、その限りではすべてをよく心…

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