その写真機を、ください 第九回 キヤノンAV–1
学校が夏休みになると、小田急線の電車は空いている。昼すぎに僕が乗った各駅停車の車両には、僕のほかに乗客はふたりいるだけだった。新百合ヶ丘という駅で僕は急行に乗り換えた。この急行も空いていた。向ヶ丘遊園、登戸と急行は停車していき、次は成城学園前という駅にとまった。
すわっている僕から見て右斜め前のドアから、女性がひとり車両に入って来た。姿のいい人だなあ、と僕は思った。彼女は僕の前を歩いていき、僕の左斜め前にすわった。こちら側の座席には僕しかすわっていず、向かい側の座席にすわっているのはその女性だけだった。ドアが閉まり急…
『ラピタ』一九九七年十一月号
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