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評論・エッセイ

お前はネクタイがいつもゆるんでいる

 五月初めの美しく晴れた日だった。五月晴れとはこのことか、と僕は思った。この場合の五月は、さつき、と読む。風薫る五月、という言葉も浮かんだ。
 いつものテーブルに向かって椅子にすわり、窓の外の景色を見るともなく見てぼんやりしていたら、二十三歳の五月の自分へと、なぜか僕の思いは移った。
 忘れもしない新入社員だったあの頃の僕は、陽ざしも風も関係なく、ひたすら会社の仕事をしていた。大学を卒業して東京の商事会社に就職した僕は、四月一日から出社したから、五月の初めには新入社員としてひと月が越えた頃だった。僕がまず思い出…

初出:『サンデー毎日』二〇二〇年六月二十一日号(「コトバのおかしみ・コトバのかなしみ」53「『ゆるめる』と『ゆるむ』の違い」)
底本:『言葉の人生』左右社 二〇二一年

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