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制作舞台裏|『豆大福と珈琲』─鮮やかな作家の企み

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 2016年9月7日、朝日新聞出版より『豆大福と珈琲』が発売されました。朝日新聞連載の表題作のほか、書き下ろし四作品が収録されています。
 制作の舞台裏をうかがう特集・第5弾は、本書の編集者・池谷真吾さんに、20年前の片岡さんとの出会いから原稿完成に至るまでの出来事を綴っていただきました。
片岡さんだけが変わらない

 片岡義男さんとの出会いは、20年以上遡る。

 前に勤めていた出版社に入って、ひと月ほど経った頃だろうか。リニューアルした小説雑誌の打ち上げに、特別ゲストとして片岡さんがやってこられた。1993年のことだ。

 リニューアル号には「84年の赤い色」という短編が掲載されている。担当はもちろん私ではない。麻布十番に近い焼肉店だった。服装、声のトーン、会話のタイミング。目の前に、いまと変わらない片岡さんがいらしたことを覚えている。

豆大福と珈琲
装画:南川史門/装幀:大島依提亜/協力:MISAKO&ROSEN

 

 朝日新聞に1ヶ月という限られた期間に連載された短編小説が、本書の基点となっている。「子ども」をテーマとした数人の作家によるシリーズ連載の、最初の書き手として登場いただいた。タイトルは「豆大福と珈琲」。過激なタイトルだと思った。

 「子ども」が存在するためには「家族」がいる。およそ70枚というボリュームの原稿に親子三世代の歴史が描かれ、“豆大福と珈琲”が、登場人物の男女をつなぐ大切な媒介になっている。登場する「子ども」には、片岡さんの影があるように思えてならなかった。

“珈琲”がつなぐ 鮮やかな企み

 新聞連載終了から1年を過ぎた頃、突如、この短編を基調とした作品集の構想がメールで届いた。数日後には、二つ目の短編「深煎りでコロンビアを200グラム」が届く。あまりに突然のことに、こちらはただただ恐縮するしかなかった。片岡さんは「珈琲」にモチーフを絞られていた。

 単行本化についての打ち合わせでは、すべて書き下ろしとして発表するお約束をしていたのだが、一読、どうしても雑誌に発表したいという思いがつのり、急きょお願いして、「小説TRIPPER」2016年春季号に掲載させていただいた。「珈琲」が媒介となって、人が出会い、「小説」が立ち上がっていく。片岡さんの「小説」が書かれるプロセスに触れているような、しかし「メタフィクション」と言ってしまうと、その魅力が薄れてしまう不思議な感触の短編だった。

 その後、「鯛焼きの出前いたします」「この珈琲は小説になるか」と、「珈琲」が登場人物たちを出会わせるのだが、彼ら彼女らはみな同世代で、古くからの知己ばかり。そこに作品集のもうひとつのモチーフがある。そして最後にいただいた「桜の花びらひとつ」には、四つの短編をひとつの結晶体にするかのような、鮮やかな企みが用意されていた。

 何人かの登場人物が、ある場所にやってくる。そこには、片岡さんもいて、私らしき編集者もいる。彼らは出会わず、ただ、珈琲を飲みながら同じ空間を共にするだけだが、そのことによって、きちんと小説が終わることを私たちに告げている。

 作中の片岡さんもまた、服装、声のトーン、会話のタイミングと、20年前と変わらない片岡さんのまま、私に作品集の構想を語りかけてくる。この短編をいただいたときに、ようやく片岡さんの担当になれたような気がした。

朝日新聞出版|編集部 池谷真吾


9月7日刊行! 新作短編集『豆大福と珈琲』

豆大福と珈琲

小説と珈琲、極上の時間を味わう。
あらゆる小説的企みと喜びにみちた
「珈琲」をめぐる五つの物語。

・朝日新聞出版|立ち読みページへ
・ISBN:9784022514110
・定価:1836円(税込)
・四六判並製/208ページ

 

池谷真吾さん、おすすめの一冊

http://amzn.to/2dQi0Iq

『メイン・テーマ』(1985年)
はじめて読んだ片岡作品。
「観てから読むか読んでから見るか」。
観てから読みました。すみません。(池谷)

制作舞台裏|言葉はこうして本になる|vol.1〜vol.4

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stories02 |「私小説」の背後で、レコードは1分間に45回転の速度で回る|『コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイ。』


stories03 |再会は、ひとつの言葉だ。|連作小説集『と、彼女は言った』


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『豆大福と珈琲』 制作舞台裏 特集 珈琲
2016年10月7日 05:30