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風と紅茶の一日

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 自分でブレンドした自分だけの紅茶を、ぼくはときたまつくる。つくり方は、簡単だ。くせのない、ごくスタンダードな味のするセイロン・ティーをベースに、そこへ自分の好みのものを加える。シナモンをこまかく砕いたもの。トロピカル・オレンジの皮を薄く削りとって乾燥させたもの。リンゴの皮をおなじく乾燥させ、こまかくきざんだもの。こんなものを、経験的に分量をはかりながら、加えていく。量のバランスを変えると、紅茶として飲むときの味が、微妙にちがってきて楽しい。

 香りを加えるために、ストロベリーやチェリーのエクストラクトを、ブレンドした紅茶ぜんたいに、これも量に注意しながら、ふりかける。

 こうして自分でブレンドして自分で味をつけた紅茶を、ティー・バッグにする。自分で紅茶をつくる人のための、からのティー・バッグのなかに一回分ずつ入れていき、紅茶の葉がこぼれないようにきちっと折りたたみ、ホチキスでとめておく。

 せっかくこんなふうにしてつくった自分だけの紅茶だから、できるだけ気持よく飲みたい。

 たとえば、ぼくの好みで言うと、野外で風に吹かれながらひとりで飲んだりすると、とてもいい。

 だから、ぼくは、一杯の紅茶を飲むだけのために、外へ出かけていく。

 いまぼくが住んでいるところからでも、電車やバスのようなごく普通の交通機関を使って片道三時間もいけば、日常的にいつも体験している都会とはまったくかけ離れた、山のなかとか河のそばとか、森や林のなかなどへ、たどりつくことができる。バイクでいくのも素晴らしい。

 なんとなく見当をつけたあたりを歩きまわっていると、自分だけの紅茶を飲むにふさわしい場所が、かならずみつかる。

 紅茶をわかして飲むために必要な最小限の道具は、愛用しているサイクリング用の小さなショルダー・バッグい入れて、持ってきている。

 エスビットのポケット・ストーブは、こんなとき、手軽に使えてとてもいい。

 このストーブを開き、角砂糖のような固型燃料をいくつか、ストーブの底に乗せる。気候のいいときなら、紅茶一杯のためのお湯は、四個の固型燃料で充分だ。

 アルミの小型のケトルに、水を入れる。水はシグのフュエル・ボトルに入れて持参する場合もあるが、とおりがかりの農家の井戸でおいしい水をもらったりするほうが、雰囲気はいい。

 固型燃料に、ジッポのオイルライターで、火をつける。ちょっと風があったりすると、マッチではなかなか火がつきにくい。

 火がつく。燃えはじめる。燃えていくタイミングを見ながら、固型燃料を半分に割っては、補給していく。

 アルミのケトルのなかで、やがて湯がわいてくる。湯がわいてくるありさまは、いつ見ても素敵だ。

 湯がにえ立ったら、アルミのカップにティー・バッグを入れ、湯を注ぐ。紅茶の琥珀色がちょうどよい加減ににじみ出てきたところで、ティー・バッグをすくい出す。

 自分だけの熱い紅茶に唇をつけて飲むとき、いつも素敵な風が吹くのは、なぜだろう。

底本:『コーヒーもう一杯』角川文庫 1980年


1980年 『コーヒーもう一杯』 紅茶
2015年11月1日 05:30
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