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手紙

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 ぼくのアメリカ人の友人が仕事で日本にやって来て、半年ちかく滞在した。豊島園のちかくの、キャべツ畑のなかの安いアパートに入り、毎日ほんとうに元気に飛び歩いて、仕事をこなしていた。ぼくも彼も多忙な日がつづき、ゆっくり会うことがなかなかできなかった。ある日曜日、おたがいに半日以上の時間をとることができたので、ぼくは彼に会いにいった。秋たけなわの季節の、よく晴れた気持のいい日曜日だった。新聞記事用語で言うと、絶好の行楽日和とか、あるいは、またとない運動会日和、というような素敵な日曜日だ。

 私電の駅から自分のアパートまでの道順を電話で説明してくれた彼は、「今日はとても天気がいいから、ぼくのせまいアパートではなく、公園で会おう」と言った。そして、その公園の場所を教えてくれた。駅からアパートまでの道のりの、ちょうど中間にその公園はあった。約束の時間に、ぼくはその公園へいった。住宅地のなかによくある小さな公園だった。ブランコやコンクリートの滑り台、ジャングル・ジムなどのある、ただの空き地のようなささやかな遊び場だ。

 その公園のべンチに、ぼくの友人、マーティンはすわっていた。ブルージーンズをはいた長い脚のひざをそろえてそのうえにポータブルのタイプライターを置き、働き者のアメリカ人らしく精神を集中させて、彼はそのタイプライターを叩いていた。タイプライターの音が、秋の空気のなかに、心地よいリズムをつくりだしていた。

 3時間ぐらいまえからここに来てこうして手紙を書いているのだ、とマーティンは言った。彼の足もとにはタイプライターのケースが半開きにして置いてあり、そのなかには、すでに書きあげて封筒におさめ、宛先をタイプライターで打ち、切手を貼った航空便の手紙が二十通ちかく、入っていた。薄いタイプライター用紙と封筒、切手そしてアドレス・ブックも、そのケースのなかに入っていた。

 美しく晴れた日本の秋の日曜日と、気持を集中させて何通もの手紙をタイプライターで叩き出しているアメリカ人青年とのとりあわせはたいへん印象的であり、このときの光景はながくぼくの記憶のなかに残るだろう。

 マーティンは、世界じゅういろんなところからぼくにもよく手紙をくれる。彼からの手紙が届くたびに、ひざにタイプライターを乗せて手紙を書いている彼の姿を、切手の消し印の国のとある街角にはめこみ、ぼくはいろんなふうに想像してみる。

(『すでに遥か彼方』1985所収)


1985年 『すでに遥か彼方』 タイプライター 季節 手紙 豊島園
2015年11月29日 05:30
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