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ハワイのいなり寿司

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 ハワイの田舎町の、ひなびた感じのスーパー・マーケットのはじっこ。「オカズ屋」という店でたわむれに買って食べたいなり寿司は、大げさに言うと、百年まえの日本の味がした。百年まえの日本をぼくが知るわけないのだが、ハワイの一角にずっといまでも残りつづけている日本の明治時代が、そのいなり寿司の味にはあった、とぼくは感じた。

 当地では、いなり寿司のことを「ライス・コーン」(米を円錐形に握りかためたもの)と、呼んでいる。田舎のおばあさんや親戚の人たちが、子供のぼくに食べさせてくれたいなり寿司と、まったくおなじだった。それはおじいさんやおばあさんたちの味であり、ぼくのおじいさんやおばあさんはハワイの田舎町で生涯をおえているから、彼らがなにげなくつくってしまういなり寿司の味や感触は、海と時間をこえて、ハワイにいまでも残っている。

 おじいさんやおばあさんたちは娘にいなり寿司の味とつくりかたを教え、その娘たちもいまや老境にあり、三世や四世たちに、ライス・コーンの味を伝えていく。ハワイの各地でいろんないなり寿司を食べたが、すべておなじように、昔の日本の味を持っていた。

 いなり寿司は用いる材料がすくないし、味つけも簡単なので、昔の味がそのままいつまでも残りやすいのではないだろうか。もうほんとに何年もまえになるのだが、ハワイの田舎町のライス・コーンをはじめて食べたときには、タイム・マシーンの魔術にかかったようだった。そのライス・コーンには、昔が生きていた。簡単な食べものであればあるほど、その食べものに固有の味みたいなものが、明確に出やすいようだ。

 12月、カンカン照りのフィージー島のホテルで何日もつづけて食べた朝食も、この意味で、忘れがたい。紅茶、トースト、マーマレード、それにべーコン・アンド・エッグスという簡単な朝食だが、ここにも、長い時間が生きていた。

 フィージー島はいまでは独立国だが、かつてはイギリスの植民地だった。だから一流ホテルで食べるこんなふうな朝食は、まさにイギリスなのだ。紅茶の熱さかげんや濃さ、香りなど、あのときのままに再現しようとしても、なかなかできない。お湯を注いで色を出せばいいというものではないのだ。トーストの焼きぐあいも、べーコン・アンド・エッグスの出来ばえも、日本ではまだ一度もおなじものを経験できていない。

 長い時間の内部を、固有の文化として伝えられつづけてきたものだから、フライ・パンと油と、それにべーコンとタマゴがあればべーコン・アンド・エッグスが出来るわけでもないのだ。ハワイの田舎町のいなり寿司を食べたときには、明治以来の長い時間の流れそのものをぼくは食べたのだったし、ダイニング・ルームの窓ごしに夏の強烈な陽ざしを見ながら食べたフィージー島のイングリッシュ・ブレックファストも、きっと長い長い時間そのものであったにちがいない。

底本:『アップル・サイダーと彼女』角川文庫 1979年


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2015年10月19日 14:14
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