アイキャッチ画像

民主主義は買えなかった

LinkedIn にシェア
LINEで送る
Pocket

 戦争に負け、すっかりなにもなくなってしまった、と日本人みずからあっさり認めた空白の状態のなかへ、アメリカがやって来た。異文化が軍隊という組織となって、日本へ進駐して来た。1945年8月28日、米軍先遣隊、厚木に到着、と日本史年表に出ている。

 自分たちの国のなかに、占領軍隊のかたちをとったとは言え、異文化が具体的なかたちで存在したという、あとにも先にも例のない体験を、日本の人たちはすることになった。上は政府間の接触から、下は風俗史によく描かれているように、子供たちがアメリカ兵にせがんだというチョコレートやチューインガムをとおしての、あるかないかのような接触にいたるまで、日本の人たちはアメリカという異文化との接触を多くのかたちで体験することとなった。

 米軍が進駐して来たおなじ年に、『日米会話手帳』という本が三百数十万部のベストセラーとなったそうだ。その後五十年ちかくかけたあとに実現する、日本とアメリカのほぼ完全なすれちがいを、この本は象徴的に先取りしていないだろうか。一冊の本でまかなおうとする「会話」は、目先の実利というものの代表ではなかったのかと、いま僕は感じる。

 生活物資がなにもなくなった毎日のなかで、アメリカの品物が米軍をとおして、間接的に日本の人たちの目に触れるようになった。僕はまだ幼かったから実感としては知らないのだが、当時の日本には本当になにもなかったようだ。鮮やかにパッケージされたチューインガムひとつでも、人々にとってたいへんな衝撃になったであろうことは想像出来る。アメリカ映画を戦後すぐの満員の映画館でむさぼるように見た大人が、キチンのシーンに登場するポップ・アップ式のトースターがなんのことだかわからず悩みさえしたという話など、追認のかたちで共感は出来る。

 戦後にアメリカから入って来た品物が日本人にあたえた衝撃の神話は、物品の生産ではアメリカをはるかにしのぐ場面を日本が多く持つようになったいま、以前にまして楽しく心地良い話題なのではないだろうか。それは完全に過去の物語であり、物品との接触だけで終了した、楽ちんきわまりない物語でもあるのだから。

 日常生活のルーティーンのための、ごく退屈な物品がそれほどに衝撃であったなら、そのずっと奥にあるもの、たとえば民主主義など、想像を絶した衝撃であってもおかしくはなかったはずだ。

 民主主義は、すこしずつ接近していく対象としての理念であり、完成はあり得ず、したがっていつも途中だ。その意味で民主主義はとりあえずのものでしかなく、それ故に、接近のための多大な努力を社会の隅々にまで常にいきわたらせていなければならないという、やっかいなシステムだ。社会のなかからいつも問題を掘り起こすシステムだと言ってもいい。

 日本では、民主主義は、一夜にして完成品となったものと錯覚され、そのまま現在にいたっている。

底本:『アール・グレイから始まる日』角川文庫 1991年


1991年 『アール・グレイから始まる日』 アメリカ 戦後 日本 民主主義 英語
2015年10月19日 15:02
サポータ募集中