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カウボーイ・ブーツ

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 アメリカの旅でいきずりに親しくなった初老のカウボーイ。ひとりのカウボーイとして徹底的に年季をつんだ彼がはいていた、カウボーイブーツ。あのブーツを、ぼくはいつまでも忘れないだろう。

 あのブーツは、あらゆる形容や描写の言葉を超越して、ほんとうに、とことん、はきこまれていた。ほんとうのカウボーイは、一足のカウボーイ・ブーツを、あんなにまでこてんぱんにはきつぶすのか。生命(いのち)ある日々を、今日この一日、明日また一日と、自分のブーツのしわや傷に刻みこんでいく。そんなふうな、はきつぶしかただった。

 一日の仕事をおえ、そのカウボーイが自室でブーツをぬいだとき、ぼくは、そのブーツは何年くらいはいているのかと、たずねた。カウボーイは、はっきりこたえてくれなかった。

 その理由をいまでもふと考えるのだが、もしかしたらあのときのあのカウボーイは、このブーツはもうそろそろ新品にはきかえたらどうかという意味にとったのかもしれない、とぼくは思ったりする。もしそうだったら、どうしよう。

 「ブーツ着用のまま死す」という言葉が、アメリカではまだ生きている。野外で精いっぱい働きつつ命絶えた、という意味に主として使われている。あのカウボーイのはいていたブーツが、まさにそのようなブーツだった。あのカウボーイは、いまでも達者だろうか。

 あのカウボーイのブーツとほぼおなじようなブーツをよせばいいのに、ぼくはアメリカで買ってきた。はかないまま、部屋の中に置いてある。

 野良仕事をするでなく、牛を追うでなく、産まれたばかりの仔牛につきあって幾度も徹夜するでもないぼくにとって、カウボーイ・ブーツをはいて歩く理由はどこにもない。

 オートバイのツーリング用にぴったりなのだが、まだ用いてはいない。部屋の中で冗談にはいたりしているうちに足になじんできて、いまそのカウボーイ・ブーツは、あまりにもはき心地がいい。

 新品のブーツを自分の足になじませるのはたいへんだと、あの老いたカウボーイは言っていた。ぼくは、有名なブランドの、やわらかい皮の、どちらかといえば高級品を買ってしまったらしい。だからそれは、やはり部屋の中に置いておくのがいちばん似つかわしい。

底本:『アップル・サイダーと彼女』角川文庫 1979年


1979年 『アップル・サイダーと彼女』 アメリカ カウボーイ 仕事
2016年3月15日 05:30
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