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思い出すのはアメリカ式朝ごはん

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 『アメリカン・フード(アメリカの食べもの)は、どんなふうでしょうか、ちょっと見てみましょう』というタイトルの、全四十四ページの本を、ぼくは手に入れた。みじかい解説文を読みながら、その文章にそえてある数多くの写真をはじめから終わりまでじっくりとながめていったら、しみじみとした気持ちになってしまった。

 かつて体験した、アメリカ式の朝食の、ひとつの典型を、久しぶりに思い出してしまったからだ。まだ子供のころ、すこし朝寝坊ぎみの時間にベッドを飛び起き、学校へいくしたくをして階段を下へ降りていくと、

「朝ごはんは、こっちよ!」

 と、母親の代理をつとめてくれている女性の、元気な明るい声がぼくに呼びかけた。

 その声は、玄関のほうから、きこえた。玄関へいってみると、ドアのところに、その女性が立っていた。ハイヒールをはいて服をきちんと着て、髪や化粧を完璧にととのえ、これ以上には美しくはなれないという限界値いっぱいに美しく自らをつくりあげた彼女がまるでスター女優のように、ドアのところに立っている。

 そして、その彼女は、黄色く熟したバナナの房を、こわきにかかえていた。

 彼女のとこまで歩いていったぼくに、彼女は、にこやかにおはようと言い、

「何本ほしい?」

と、きいたのだ。

 何本とは、つまり、バナナが何本ほしいか、ということだ。朝ごはんはこっちよ、とさっき彼女は言ったけども、じつはこのバナナが、朝ごはんなのだ。二本、とぼくがこたえると、彼女は房から二本のバナナをもぎとってくれて、ぼくに手渡した。そして、その二本のバナナを持ってぼくは家を出た。

 こんな簡単な朝食も、ちょっと珍しいのではないだろうか。アメリカの女性でなければとうてい思いつかないし実行もできない朝食のあたえ方であり、朝ごはんはこっちよ、という呼び声やバナナの房をかかえて明るくにこやかに自信に満ちて美しく玄関に立っていた彼女の姿などと共に、バナナ二本の朝食はいまだにぼくの気持ちの深いところで、感銘的に生き残っている。

 一本をジーンズの尻ポケットに入れ、一本の皮をむいて食べつつぼくはスクール・バスの停留所まで歩いていった。食べたあとの皮をくずかごにすてにいくと、くずかごのなかにはすでに先客の投げこんだバナナの皮が、ちゃんとあるのだった。母親からアメリカ式の朝食をあたえられたガキは、ぼくだけではなかったのだ。もう一本のバナナは、スクール・バスのなかで食べた。

『アメリカン・フードは、どんなふうでしょうか、ちょっと見てみましょう』という本は、じつに素晴らしい本だ。本というよりもパンフレットにちかい薄いものだが、アメリカの食べものというかなり広いエリアを、そしてそのぜんたいを、非常に的確にカヴァーする写真およびみじかい文章によって、アメリカン・フードの実態を見せてくれる。

 まずなによりも、写真がすぐれている。なんでもない素人のスナップのような写真だけど、日常的断片のなかにこれほどまでに的確にアメリカン・フードの基本原理をとらえた写真を撮ることは、なかなかできるものではない。

 どの写真を見ても、胸にジーンとこみあげてくるものがある。感銘のあまり、ぼくは写真の数をかぞえてみた。ぜんぶで八十カットの写真があった。八十カットでアメリカン・フードの基本原理および日常的実態を図解してしまうなんて、凡手にはとうていできないことだ。

 どうして写真がこんなにすぐれているかというと、この本をつくったふたりの著者の、アメリカン・フードに関する理解のあり方がたいへんにやさしく鋭く正確で、ひとつの境地と言ってさしつかえない次元にまで到達しているからにほかならない。

 アメリカン・フードに関する考察を十九の項目に分けた著者たちは、まず「アメリカの朝食」から、鋭く切りこんでいく。

「学校や仕事のある日には、アメリカのほとんどの家庭においては朝食は急いで手早くお腹に入れるジュース、コーヒー、そしてトーストないしはシーリアルであります。学校や職場に遅刻するといけないので、朝食はいっさい省略する人もかなりいます。コーヒー・ショップに立ちよって、コーヒーとドーナツですませる人もいます。ドーナツは、アメリカ人お好みの、朝のペイストリーであります。ウィークエンドには、朝食はいますこし時間的に余裕がありますし、もっと大量に食べるのがしばしばです。朝おそくに食べる大量の朝食を、ブランチといいます。ブレクファストとランチとをくっつけてできた言葉です。タマゴ、ベーコン、ホーム・フライド・ポテト、そしてトーストは、朝食によくある組み合わせです。パンケーキやソーセージも、そうです。こういう組み合わせの朝食を、飲みほうだいのコーヒーをつけて出すレストランがたくさんあります」

 「アメリカの朝食」の項目にそえてある文章は、以上のとおりだ。そして、この文章にそえてある写真が、四カット。この四カットでアメリカの朝の、じつに民主主義的な朝食の雰囲気と基本ポリシーをとらえているから、見事と言うほかない。

 朝食の次は「アメリカン・ランチ」そして「アメリカン・ディナー」へと、つづいていく。いかにもアメリカらしいところ、つまりアメリカの日常的な食事の、惨憺たるありさまを、みじかい文章といくつかの写真によって、しっかりと伝えてよこす。

 昼休みに野外で弁当を食べている女性の写真や、持参したランチ・ボックスのランチをベンチでひろげているガキの写真など、涙なくしては鑑賞できない。ランチの入った紙袋を持ち、自宅のガレージ前で自分の自動車のドアをあけようとしている男性の写真も、アメリカだ。

 第四番目の項目は、当然、「ファスト・フード」だ。「アメリカン・ライフのペースは速く忙しく、ディナーでさえ家族みんながテーブルを囲んでゆっくり食べることは珍しい」などと、説明文には書いてある。アメリカについてうたった現代詩の一節のようにぼくの目には映じる。

 ファスト・フードは文字どおり速く出来てきて便利だし、服装はでたらめでも買いにいける、そしてドライヴ・スルーでは車から降りる必要もない、おまけに安い。ディナーが2ドルちょうどくらいで食べられる地方ないしは店が、まだたくさんある。

 「便利フード」の項目は、たとえばTVディナーのような、私あたためるだけ、の簡便料理、そしてその次が「へルス・フードと生活協同組合」であり、7番目の項目は「ダイエット狂い」だ。ダイエットの次には、「エスニック・フード」がとりあげてある。移住民国アメリカには、世界各国の料理がある。もっともポピュラーなのは、チャイニーズ、イタリアン、フレンチ、そしてメキシカンだ。さらに、「お祝いごとのケーキ」そして「アイスクリーム」と、つづいていく。アメリカでのお祝いごとには、そのためにつくった特別のケーキがなくてはいけない。アイスクリームに関しては、「アイス・クリーム、ユー・スクリム、ウィー・オール・スクリーム・フォ・アイスクリーム」というゴロあわせの文句のとおり、アイスクリームは必須科目だ。ファッジを食べている青年の手つき、表情、ぜんたいの雰囲気など、これはもうアメリカの悲劇だし、ソーダ・ファウンテンのメニューはまるで民間伝承のユーモアのようだ。というふうにすぐれて面白いこの本は「写真によるアメリカの言葉と文化への手引き」という副題にいつわりのない優秀な参考書だ。

『紙のプールで泳ぐ』新潮社 1985年所収
底本:片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』太田出版 1995年


1985年 『紙のプールで泳ぐ』 『自分を語るアメリカ』 アメリカ 朝食 片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』 食べる
2016年2月10日 05:30
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