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少年とラジオ

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 1951年にはぼくは子供なのにラジオを5台くらい持っていた。アメリカ製のテーブル・ラジオあるいはポータブル・ラジオだ。ゼニスとかモトローラ、アドミラル、それにジェネラル・エレクトリックといったブランドのラジオだ。もちろん、トランジスターではなく、5球くらいの真空管式だった。

 このラジオを、ぼくは愛していた。そのときはそれほどにも思わなかったのだが、いま思い出してみると、まずデザインが非常に面白かった。ひと言で言ってしまうと、1950年代ごく初期のアメリカSFないしアメリカSFイラストレーション的な雰囲気の、火星探険的なデザインなのだ。当時のアメリカの、電気的な新製品は、たとえば自動車なども含めて、みんな火星探険的だった。

 モトローラのポータブル・ラジオは、ぼくが持っていたのは鮮明なグリーンとおなじく鮮明な黄色の塗り分けだった。ほどよい大きさの四角い箱は鉄製で、そのうえにペイントが焼きつけてあった。おもてにふたがあり、このふたをパカンと開いて直立させると、それはアンテナになるのだった。ふたの裏に、四角く、アンテナが張ってあったのだ。

 ふたを開くと、ラジオの前面があらわれる。大きなダイアルが左右にひとつずつあり、スピーカーのグリルは当時のアメリカの自動車のラジエーター・グリルとよく雰囲気が似ていた。ハウス・カレント(普通の家庭電源)でも電池でも、使うことができた。だが、電池は、いったん寿命がつきると、アメリカから送ってもらわなくてはいけなかった。

 ゼニスのポータブルは、プラスチック・ケースだった。AC、DC、そして電池の3ウェイになっていて、キャビネットのデザインはやはり火星探険的だった。ダイアルが、特によかった。色は、当時のアメリカによくあったのだが、あずき色だ。微妙に、そして決定的にアメリ力的なあずき色、と言っておこう。

 アドミラルのもこのあずき色で、これはポータブルのラジオ・フォノグラフ、つまりレコード・プレーヤーとAMラジオがいっしょになったものだった。

 上ぶたを開くとそこがプレーヤーになっていて、EP盤のレコードを連続5時間分、レコードのかけかえなしでオートマティックに聴くことができた。そしてこのラジオ・フォノグラフも、ダイアルやつまみが、まことに火星探険的で秀逸だった。下につまみがふたつ、おたがいに距離をおいてとりつけてあり、フロント・パネルの上部中央に、ダイアルがあった。

 ダイアルの文字盤は円形で、その円のなかを、赤い針が動いた。そして、このダイアルと下のふたつのつまみとがつくる三角形が、渋い黄金色だった。この黄金色も当時のラジオによくあり、見た目の雰囲気にあたたかさをそえていた。

 こういったラジオに共通するきわ立った特徴は、火星探険的なデザインをべつにすると、そのキャビネットのかたちと、スピーカーから出てくる音色だった。まずキャビネットぜんたいのかたちだが、四角な立方体であるにはちがいないのだが、丸みがあった。上へいくにしたがって微妙に幅がせばまっていたり、中央よりやや下のあたりがおなじく微妙に丸みをおびて張り出したりしていて、いまのような愛想のない四角はぜったいになかった。角は必ず丸く落としてあり、手でさわった感じが、いつでもなんだか奇妙になつかしいのだ。

 GEのテーブル・ラジオは、すこし気取っていた。いかにもテーブルの上に置いておくものといったデザインであり、壁ぎわのテーブルに置くならその壁にはドレープが必要だった。キャビネットはマホガニーとプラスチックの両方があり、スライド・レール式のダイアルには明かりが灯った!

 さて、スピーカーから出てくる音色だが、これはアメリカン・ジュークボックス・サウンドとも言うべき低音をきかせたもので、アメリカ人の声とアメリカの音楽にじつによく似合い、たとえばFENを聴くにはぴったりだった。

 FENはよく聴いた。いちばん面白いのはコメディであり、この面白さの説明はまたべつの機会にしよう。ジャック・ペニーのロチェスターやアンダテイカーを思い出す。そしてグルーチョ・マルクスの早口をまねして喋っていて、アメリカ大使館の、マーシャ・メイスンのような女性職員に、あなたはコメディアンになるといいとたしなめられたのを、久しぶりに思い出す。

底本:『アップル・サイダーと彼女』角川文庫 1979年


1950年代 1985年 『アップル・サイダーと彼女』 アメリカ デザイン ラジオ 少年時代
2016年2月3日 05:30
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