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ミノルタ・SR-T101

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 外付け式の露出計といっしょに、ミノルタのSR–1を買ったのが半年ほど前だ。SR–1には前期型と後期型があるようだ。外観における両者のもっとも大きな違いは、後期型には外付け式露出計の脚を差し込むブラケットが、ボディ上部前面についていることだ。それ以外にどのような差があるのか、僕は知らない。SR–1の後期型はニューSR–1と混同されやすいが、まったく別のものだ。

 それから三か月ほどたってから、ニューSR–7を僕は手に入れた。一九六二年に発売されたSR–7の、一九六五年における小型化・軽量化された改良型だ。そしてつい最近、SR–T101というモデルを手に入れた。これは一九六六年に発売されたものだ。

ミノルタ初のTTL連動露出計を内蔵した一眼レフがSR–T101。1965年にニューSR各機種が登場したが、この年は露出計がTTL測光方式に移行しはじめた年でもあり、ミノルタでも翌66年にニューSR–7をベースとした本機を発売した。ちなみに、機種名のSRの次の“T”はTTL露出計を意味している。発売時の価格は、標準のMCロッコールPF58㎜F1.4付きで5万2000円だった。

 一九六〇年代の前半に、僕はミノルタの一眼レフを買った。なんというモデルだったか、どのような使い勝手だったか、そしてそれを使ってなにを撮ったのか、いっさいなにも記憶していない。機種くらいは特定してみたいと思い、一九六〇年代前半のミノルタの一眼レフを、僕は中古で買い集めている。

 三つの機種を手に入れてもまだ、昔の僕が買ったのはどれだったか、特定は出来ていない。ただしこの三台がそれぞれ多少の手がかりとなってくれたおかげで、僕がかつて買ったのはまず間違いなくニューSR–1だろう、というところまでは到達している。ニューSR–1は中古写真機店でなかなか見かけない。

 SR–1が発売されたのは一九五九年のことだ。僕が手に入れた後期型のSR–1の内部機構が、前期型となんら変わっていないと仮定するなら、外付け式の露出計をつけたSR–1を眺めることによって、一九五九年というたいへんな昔へ、僕は戻ることが出来る。一九五九年はいまから四十年前だ。時間的にはたいへんな昔とは言いがたいが、一眼レフの進化を基準にすると、輝かしい出発点のひとつであるという意味で、たいへんな昔と言わなくてはいけない。

 ニューSR–7を観察することによって戻っていくことの出来る時代は、一九六五年だ。そしてSR–T101が発売されたのは、その次の年の一九六六年だった。三台の一眼レフが、一九五九年から一九六六年までの七年間という時間を、僕に見せてくれる。進化していく動きのなかにあった技術にとって、時間の量は技術の進化の内容を計るスケールだ。三台の中古一眼レフをそれぞれ手にすることによって、とっくに過ぎ去ったたいへんな昔の七年間における、技術の進化の順番を僕は体感する。

 この三台の一眼レフを三角形にならべて、真上から写真に撮ってみた。左にあるのが露出計をつけたSR–1の後期型だ。右側がニューSR–7だ。そして三角形の底辺にあるのが、SR–T101だ。なかなか美しい光景ではないか。写真機における露出値決定機能のまさに飛躍的な進化を、少なくとも外側からは、この美しい光景のなかに一目瞭然に確認することが出来る。

 SR–1につけた露出計の容積と造形は、技術が進化していくプロセスの証拠物件として、たいへん興味深い。

 写真機ボディのシャッター・ダイアルと連結ピンで連動するしかけになっている。ピンの位置を合わせて、露出計の二本の脚をボディのブラケットに差し込む。露出計には小さなダイアル・スイッチがある。電池チェック、H、オフ、Lと、四つの切り換えが出来る。Hは高輝度、Lは低輝度だ。普通はHに合わせる。任意に選んだシャッター速度に対して、露出計が光を計測した結果が窓のなかの針で示される。針が示すその値を、撮影者は絞りリングに移す。この絞りでは嫌だというようなときには、シャッター速度を変えればいい。

 この露出計を使ってSR–1で撮るときには、腹の前に写真機を構え、露出計の計測値を読み取って絞りリングに移す、という動作とポーズのための時間を必要とする。なんという優雅な撮りかただろう、と僕は思う。ニューSR–7になると、露出計は写真機のボディのなかに入ってしまっている。ボディ上部、巻き戻しクランク近辺内部のスペースに、SR–1の外付け露出計が収まったのだ。そしてこれは世界で初めての出来事だった。

 ニューSR–7で撮るときの、露出決定のための動作とポーズ、そしてそれのための所要時間は、SR–1のときとほぼおなじだ。SR–T101になると、TTLと二分割測光へと技術は飛躍し、指針や追針その他によって、撮影者は必要な情報のすべてを、ファインダーのなかに見ることが出来る。

 撮影者が露出値を決定していくときのポーズ、動作そして所要時間などが、SR–T101でそれ以前とは完全に異なってしまった。三台の中古写真機は、そのような変化を語っている。

 作例はSR–T101によるものだ。窓の外の雲は撮影に出る直前、家のなかの階段の途中で撮った。板壁に脚のピンナップの光景は、家を出てすぐに見つけた。そして梅丘一丁目の光景はそれから三十分後に撮った。

 現実とはおたがいにいっさいなんの脈絡もない、見事にばらばらな世界であるという事実を、自分が撮った写真に僕は見る。

出典:『ラピタ』1998年11月号
カメラ解説:円谷 円


その写真機を、ください カタオカ・カメラ商会の棚の前で カメラ ミノルタ
2018年12月7日 00:00