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リコー・XR6

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 女性の脚がある光景の写真は銀座で撮った。歩道を歩いていたらこの光景が見えた。だから僕はそれを写真に撮った。西欧の白人女性の脚だと断定していい。見事な出来ばえの脚だ、と多くの人が思うはずだ。僕もそう思う。

 この一対の脚の出来ばえは、ひとりの女性の身体における造形の良さという幸運を越えて、西欧の価値観を体現する役を担っている。価値観を体現し、それを視覚的にごくわかりやすいイメージへと増幅する機能を、この一対の脚は過不足なく果たしている。

 西欧の価値観は日本の外のものであり、もしそれが日本のなかにあるなら、それは外から日本の内部へ渡来したものだ。ビイドロやギヤマン、そしてカステラの時代から現在にいたるまで、西欧の価値は数限りなく日本に渡来した。日本は渡来物で満ちている。

 では日本に内在している日本のものとは、どのようなものなのか。現在の日本の、たとえば市街地を構成している光景は、すべて日本に内在するものだと言っていい。日本人が自ら考えて行動した結果の蓄積が、今の日本の市街地の光景だ。

 その光景を外からの渡来物と対照すると、日本がかかえ続けて来た、そしてこれからもかかえ続けなければならないトラウマが、あらわになるのではないか。脚のある光景の写真を見ながら、僕はそんなことを思った。だから僕は、いまの日本の市街地の光景を、三点の写真に撮ってみた。

 東京、その周辺、そしてさまざまな地方都市で、このような光景はいくらでも写真に撮ることが出来る。意図して探さなくとも、ただ道を歩いていくだけで、その道の両側に、このような光景がびっしりと連続している。いまの日本のなかで、誰もがいつでも見ることの出来る、完全に日常的な光景だ。その意味では、こういった光景はもはや平凡さをきわめきった陳腐な光景でしかなく、わざわざ写真に撮ることの意味を見つけがたく思う人も、たくさんいることだろう。

 このような光景に関して僕なら僕が断言することの出来る、ほぼ絶対に確かなことは、こうした市街地光景はいまの日本に内在するものであり、けっして外から渡来したものではないということだ。こうした光景はまさにいまの日本のものだ。いまの日本を写真で見せてくださいと言われたら、この三点を差し出せばいい。脚のある光景の写真を加えて四点にすると、いきとどいてなおいい。

 西欧白人女性の脚のある光景の写真が一点。そしていまの東京の市街地で拾った光景の写真が三点。外からの渡来物と、内部から噴出した内在物との、写真による対照の試みだ。市街地光景の三点を見ているかぎりでは、きみが言うとおりにこれはまさに今の日本だね、というような言いかたのなかに、感慨のほとんどすべては収まってしまう。その三点に脚の光景を加えると、合計四点もおなじくまさにいまの日本だが、渡来物の価値と内在物の価値とのあいだに横たわる、すさまじいまでの落差を見ることが出来る。

 その落差はトラウマだ、と僕は結論を先に書く。幕末の開国から現在まで、日本がずっとかかえて来たトラウマだ。脚の光景は、仰ぎ見るような位置にある価値だ。市街地光景は、いまの日本人の日常そのものとして全国的に許容されているから、これもまた価値なのだ。ふたとおりの価値は外と内の対照であり、外と内とを突き合わせた瞬間、そこに深く大きいトラウマを見なくてはいけない。このような脚を持つ女性はいまなら日本にもいくらでもいることは確かだが、その程度の事実は、ふたとおりの価値のあいだに存在する落差を、けっして解消しない。

 このようなトラウマは、日本にとってパワーとして機能した。日本を現在のここまで推し進めたパワーだった。これからも、日本はトラウマを原動力にしなくてはいけない、と僕は思う。これと言ってたいしたトラウマはない、というような普通の国に日本はなれない。だからトラウマが見えないほどに感覚が鈍ることこそ、日本にとっては最大の危機だ。トラウマはないと思ってもいけないし、見ないでおくことも、そしてトラウマを埋めてしまおうとすることも、日本にとってはパワーの衰退を意味する。普通の国とはつまらない国であり、面白い国はすべてたいへんなトラウマをかかえている。

 今回の写真を僕はリコーのXR–6という一眼レフで撮った。中古で九千円で買ったボディに、SMCペンタックスAの、Fが2の50ミリ・レンズをつけて使った。撮影者が選んだ絞りに対して、シャッター速度を写真機にまかせる、オート専用の機種だ。XR–1およびXR–2で一九七七年に始まったリコーのXRシリーズは、改良発展型と廉価版とをいくつも発表し、現在にいたっている。XR–6は一九八一年に発売された。

リコーXR6にはレンズの組み合わせによって自動焦点のスクープアイ、ズーム付きのズームアイ、そしてスタンダードと3種類あったが、ボディーはすべて共通で、絞り優先AE専用のMF一眼レフ。電子式縦走りシャッターはB、X(100分の1秒)、1秒~1000分の1秒。Kマウントだから、ペンタックスのレンズも使える。なお、1981(昭和56)年発売当時のボディー価格は3万5300円だった。

 なかなかいい形にまとまった、小さくて軽い、たいそう好ましい写真機だ。プラス・マイナス二段まで、三分の一きざみで露出補正ダイアルがある。軽い小さなレンズをつけ、小旅行からかなりの大旅行まで、とにかくかならず持っていく写真機という位置づけをすると、XR–6の持ち味が生きて来るように僕は思う。

 

40代なかばの僕が、自宅の洗面台の鏡に映る自分を、写真に撮っている。写真機はOM-1で、レンズはフードの形状から判断して28ミリだ。

出典:『ラピタ』1998年8月号
カメラ解説:円谷 円


その写真機を、ください カタオカ・カメラ商会の棚の前で カメラ リコー 市街地 日本 西欧
2018年12月5日 00:00