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ニコン・ニューFM2

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 ニコンのニューFM2を僕が手に入れてから、十年になるだろうか。なぜ買う気になったのか、いまはもう記憶していない。自分で使う一眼レフはOM–1にきまっていたから、なにか違うのも使ってみようか、という程度の気持ちだったようだ。その証拠に、手に入れてからそろそろ十年になろうかというのに、ニューFM2を徹底して使った体験は、まだないままだ。そうだ、これも使ってみよう、と毎度おなじことを思っては、ときたまふと使う。

ニューFM2はニコンの現行完全マニュアル機。シャッター速度は先輩のFM2同様B、1~4000分の1秒だが、シンクロ速度は250分の1秒にアップしている。露出測光用に電池が要るが、機械式シャッターだから電池がなくても使える。そうした理由で今もサブカメラとして使っているプロカメラマンが少なくない。写真は、モーター・ドライブを付けた同機。1984(昭和59)年発売時の価格はボディーのみ6万5000円。現在は7万2000円。

 Fのグループ、F2のグループ、そしてニコマートのグループの三つのグループを、Ai方式以前のレンズのグループとして位置づけると、モデル・チェンジによらずにAiレンズに対応したまったく新しい機種のグループには、一九七七年に登場したFMのグループと、一年後の一九七八年に出たFEのグループの、ふたとおりがある。

 このふたとおりのグループの親玉として、一九八〇年にF3があらわれた。FEのグループはすでに消えている。FMはFM2をへて一九八四年にニューFM2となり、現在でも新品で手に入る。F3も新品で買うことが出来る。ニューFM2とF3とをならべて観察すると、なるほど、この二機種は高級版と廉価版という関係にあるのだ、と納得すると同時に、両方とも消える運命にあるようだ、と僕は感じる。

 ニューFM2は使いやすい写真機だ。重さとサイズは、一眼レフとしてちょうどいい、という範囲内に収まる。造形にはいっさいなんの特徴もない。それもまたいいかと思うけれど、愛着がなかなか湧いてこないのはそのせいかな、とも僕は思う。持ったときの感触や操作感は初代FMのほうがはるかにいい。

 内蔵露出計に助けてもらうかたちでのマニュアル機種として貴重な存在なのだが、その内蔵露出計の計測結果をファインダー内に表示する方式が、液晶の赤丸とその上のプラス記号、そしてその下のマイナス記号、の三つに省略されていることを、僕は非常に残念に思う。このような省略は、絞りリングを操作する撮影者の指というものを、ほとんど無視することに直結する。限度を越えた省略は、ぜんたいを根本的な矛盾へと導く。

 ニューFM2はたいへん気楽に使うことの出来る写真機だ。ストラップで首にかけて外出して、気を使う必要がまったくない。手間のかからない気さくな写真機だ。内蔵露出計の計測結果の表示方式は、性格のおおざっぱさなのだと解釈してもいい。この十年近く、たまに使うだけだったが、かなりの数の写真を、僕はこの写真機で撮っている。

 もっとも最近では、この春先に何度か持って歩いた。そのときの収穫のなかから、今回の作例として、僕はまず一点を選んだ。世田谷の千歳船橋にある塵焼却所の煙突の光景だ。小田急線の上りで千歳船橋駅へ入っていく寸前、進行方向左側、環状八号の少し向こうに、いつもこの煙突が見えている。東京の環状八号沿いの一角に、機能をそのままかたちにしたような、なんの愛想もない煙突が垂直に立つ光景は、どことなく不気味だろうと思って僕は撮りにいき、撮ってみた。

 ライトテーブルに置いたポジをルーペでのぞき込んで観察した僕の、最終的な感想は、なんという粛々たる光景であることか、という感銘にも似た気持ちだった。歩道橋の上の、これ以上にはうしろへ下がれないという地点から、僕は撮った。使ったレンズは35から70という便利ズームの35側だ。煙突とその光景は、ちょうどこんなふうに画面に収まった。

 35ミリ・レンズによる縦位置は、端正にきっちりとまとまった画面を作ることが多い。画面の両辺から画面のまんなかに向けて、思いきりよく遠のいていくという性質の遠近が、そのような雰囲気を作り出す。この煙突の場合は、その典型例だ。晴れた空と夕方の低い位置からの光が、煙突の色とかたちを引き立てている。と言うよりも、この煙突の本質を、引き出している。被写体の表面のみをとらえるのが写真だが、表面はかたちでもあり、かたちは本質を物語っている。写真はそこを見逃さない。

 こういったことすべては、僕の使ったレンズとニューFM2のボディの性能が、可能にしたことだ。僕は撮りたいと思ってただ撮っただけだ。この煙突の本質は、ここが最終処理の段階である、ということだ。人々の日常生活から湧き出て来る塵のうち、可燃性のものがここでひとまとめに焼却処理される。生命の起伏からはいっさい無縁の、ただひたすらに垂直だったり平坦だったりする、非生物的な静かさが、この煙突とその光景を成立させている。

 東京は処理場なのだ、という閃きを僕は手に入れた。東京での人生とは、ただ処理されるだけの日々なのだ。煙突を撮ったのとおなじ日に撮ったフィルムのなかから、僕は階段の写真を選んだ。この煙突とこの階段は、おたがいに同質であると言っていいほどに、よく似合っている。

 そしてもう一点、ポスターとなって壁に貼ってあるビキニ姿の女性の、腰から下をとらえた写真を、僕は選び出した。昨年の夏、これもニューFM2で撮った。煙突と階段の相性の良さのなかへ、この二次元の脚のある光景は、なんの無理もなしに溶け込む。三点ひと組の写真のなかに、処理場としての東京が、確実に写し撮られている。

 

この僕は31歳。ホノルルの定宿で。ドレッサーの鏡がたいへん大きく、それに向かって記念撮影。誕生日だったから。使っている写真機はかつてこのページで紹介したキャノネットのQL17だ。

出典:『ラピタ』1998年6月号
カメラ解説:円谷 円


その写真機を、ください カタオカ・カメラ商会の棚の前で カメラ ニコン 小田急線 東京
2018年11月30日 00:00