アイキャッチ画像

ペンタックス・スーパーA

縦書きで読む

LinkedIn にシェア
LINEで送る
Pocket

 夏の終わりも近いある日の午後、僕はペンタックスのスーパーAという一眼レフを持って、撮影散歩に出た。スーパーAのなかに三十六枚撮りのリヴァーサルを一本、そしてポケットのなかにさらに二本。歩く時間はせいぜい三時間だから、これで充分だ。僕にとっての写真支度の最小単位だ。

ペンタックス・スーパーAは絞り優先のMEを母体としたペンタックス初のマルチモードAE機。プログラムなど6つのモードを持ち、従来のKマウントに情報用の接点を付けたKAマウント(Kマウントレンズも使用可能)を採用したモデルである。また、今では当たり前となったLCD(液晶)表示を初めて用いたことで注目された。1983年に発売され、価格はボディーのみで6万8000円だった。

 スーパーAには片手ストラップのような短いストラップをつけた。肩からかける長さだと、長すぎて扱いにくい。写真機というものそれじたい、たいへん持ちにくいものだ。短いストラップをつけた一眼レフは、ごく小さい鞄だと思って持つことが出来る。

 撮影中はたたんでポケットにしまっておき、終わったら取り出して写真機を入れておく、そのためだけの小さなショルダーバッグを見つけようと思っている。撮影が終わったあとも、一眼レフをむき出しで持っているのを、僕は出来ることなら避けたいから。

 この散歩で撮った三本のリヴァーサルのなかから選んだのが、今回の三点の作例だ。フランスの俳優ジャン・レノが、どれにも写っている。意図的にこう撮ったのではなく、撮ったあとでリヴァーサルを観察した結果、このような三枚を摘み出すことが出来た。ふと街角を写真に撮ると、日本の煙草の宣伝に動員されたフランスの俳優の顔が、写真のなかのどこかに写っている。街角に貼られたポスター類の数たるや、正気の沙汰ではないのだ。そして煙草を喫う人たちが、それを煙と灰にした。

 スーパーAは一九八三年の三月に発売されたそうだ。銀座の中古カメラ店で僕はボディだけを二万八千円で買った。銀座価格だろう。それにしても高すぎる。スーパーAにいまなんらかの価値を見るなら、程度がよくてせいぜい一万五千円ではないか。マニュアル、絞り優先、シャッター速度優先、プログラム、TTLストロボ自動調光、外光式ストロボと、六つのモード選択が出来ることが、この一眼レフの売り物だった。これだけあってそれが十五年もたっているのだから、どれかが不調である率は高い。

 僕が買ったボディではプログラム液晶表示に乱れがあって使えなかった。マニュアルは非常に使いにくい。選択ダイアルの赤い指標をMに合わせる。ファインダー視界の下に、横長の液晶表示窓がふたつある。左の窓にはシャッター速度、右の窓には露出の適不適が、0から3までの数字にそれぞれプラスとマイナスの記号をつけて、表示される。プラス・マイナスがゼロのとき、内蔵露出計は露出を適正と判断している。この標示窓に適正の標示を出すには、絞りリングを操作するか、ルーフ・プリズムの屋根の右裾にある、アップとダウンの小さなふたつのボタンを押して、シャッター速度を調節する。

 内蔵露出計の指示を参考にするスタイルのマニュアルとしては、使いにくさのいっぽうの雄ではないか。ただし、このことに意味を見てもいい。こう作ってはいけない、というような意味だ。すべてはとっくに過去であり、スーパーA本体はただの中古カメラでしかないけれど。

 絞り優先とシャッター速度優先のふたつは、どちらも選択ダイアルをオートに合わせ、絞りリングを操作する。ファインダー下にある左の窓に出るシャッター速度の数字を優先するか、右の窓に出る絞りの数値を優先するか。優先とは選択であり、その選択肢がふたつとも、同時に目の前にあるというこのスタイルは、やや面白い。しかも操作はおなじで、選択肢だけが左右の窓に分かれる。僕はシャッター速度をひとつにきめておき、絞りを変化させて撮った。レンズはたまたま手もとにあったリケノンの50ミリF2だ。

 スーパーAのボディは軽くて小さい。持ちやすいと言っていいだろう。小さなボディに突起がたくさんある。魅力的な造形、と言うわけでもないが、一眼レフの好きな人の気持ちを、とらえないわけでもない、と僕は曖昧な書き方をしておく。シャッター音は高いが、我慢の出来る範囲内だ。巻き上げの感触はとてもいい。

 作例の写真のなかにはなんらかのかたちで女性の脚が写っているべし、という内規が連載開始からいまも実効している。ジャン・レノのいる街角写真のどれかの片隅に、ミニスカートの女性でも歩いていてくれたなら、三点だけで内規を満たすことが出来たのに。

 ジャン・レノから連想の糸をのばしていった僕は、シルヴィ・ヴァルタンにいきあたった。もう何年も前、まだ時代はLPレコードだった頃、ヴァルタンのLPのジャケットを僕は複写しておいた。LPそのものは僕の通例として人に進呈してなくなってしまうから、彼女の見事な脚だけは手もとにとどめておきたいと願い、僕は脚だけを複写した。そのカットをそのまま、おまけのように使っておくことにしよう。いまになってここでこんなふうに使うことになるとは。

 ヴァルタンは自分の脚に自信を持っている、と僕は思う。僕が思ったからといってなにが始まるわけでもないけれど、これだけの脚に自信を持たないわけはないし、あらゆる部分に自信がいきわたって満ちないことには、こういう雰囲気は生まれて来ない。彼女のCDをあたってみよう。脚の写真を表紙に使ったものが、他にかならずあるはずだから。

 

これは今でも使っている僕のパスポート写真だ。ロサンゼルスの現代芸術美術館で売っていた絵はがきの上において、遊んでみた。

出典:『ラピタ』1998年3月号
カメラ解説:円谷 円


その写真機を、ください カタオカ・カメラ商会の棚の前で カメラ シルヴィ・ヴァルタン ジャン・レノ ペンタックス
2018年11月26日 00:00