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ミノルタXG-E

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 先月号ではニコンのFGについて僕は書いた。五月のある晴れた日の午後、多摩川の東側に位置する小田急線の各駅停車駅いくつかの周辺を、僕はFGで写真を撮りながら歩いた。どの駅の周辺でも、駅を中心にして線路の両側に商店街があった。駅を背にして商店街を歩いていくと、商店が少なくなって住宅地へと変わるあたりに、一軒の写真店があった。

 道に面したウインドーに、そして店のなかのガラス・ケースや棚に、かつては新品のさまざまな写真機がならんでいた、地元の写真機店だったはずだ。いまはDPEと証明写真そしてたまに出張撮影という店であり、店頭で売れるものと言えば、フィルムと電池がときどきという状態だろう。店主はまず間違いなく年配の男性だ。

 その店のウインドーに、オリンパスのOM20が二台、そしてミノルタのXG–Eも二台、ならんでいた。OM20は残念ながらどちらにもマニュアル・アダプターがなかった。だから僕はXG–Eを見せてもらうことにした。僕が思い描いていたとおり、奥から出て来た店主は、そろそろ七十歳に手が届こうかという年齢の白髪の男性だった。

 おなじ機種が二台ずつあることから、かつて仕入れたものがそのままずっとウインドーに残り続けたのか、と僕は思った。おなじ機種がなぜ二台ずつあるのか質問した僕に、どちらも最近入ったものだ、と店主は答えた。売りに来た人がいたのだろう。二台のXG–Eのうち一台は、ファインダー内右側の液晶表示に乱れがあった。もう一台は完全に正常。ボディにそして50ミリ1・7のレンズに、酷使された形跡はいっさいなく、中古店で言う「程度極上」の「美品」だった。だから僕はそれを買うことにした。

世界初の両優先AE搭載機として名を馳せたミノルタXDから、シャッター速度優先AEを省略したモデルがXG–E。完成された現行マニュアル機X–700へ至る過渡期のカメラで、センサースイッチ化されたシャッターボタンやLED化したファインダー内表示など、内部機構がメカ部品から電気部品に替わりはじめた頃の機種といえる。発売当時の価格は4万9800円(ボディーのみ)。

 店主は裏蓋を開いて点検した。「古いのだと、ここがべとべとになるんだけど、これはなってない。きれいですよ、ほら、ね」と、彼はボディの縁溝とそこにはまる裏蓋の縁を、指先で僕に示した。彼の言うとおり、ボディの縁溝に貼ってある、遮光板と呼ばれているモルトプレーンのべたつきは、どこにもなかった。あとで気づいたことだが、モルトプレーンは劣化によるべたつきの段階をとおり越し、すっかり風化して剝がれ落ちてしまっていたのだ。

 一万八千円という適正な価格で手に入れたミノルタXG–Eを、僕はさっそく使ってみた。モルトプレーンのことがやや気になっていたから、36枚撮り一本だけにしておいた。現像してみると、フィルムぜんたいにわたって、やはり盛大に光線漏れしていた。ほんの少しだけ注意して見ればすぐに気づくことだが、ボディの縁溝のなかにあるごく小さな突起を避けるために、溝にはまり込む裏蓋の縁の上部右側に、小さく三日月のかたちに切り欠いた部分がある。溝のなかには遮光のモルトプレーンがないから、巻き上げたフィルムがこの位置で止まるたびに、この切り欠いた部分から入った光がフィルムに感光し、フィルムを縦に横切るほぼ透明な帯を作った。

 劣化はしてもべたつきはしないはずの薄いモルトプレーンを、ボディの縁溝のなかに僕は自分で貼りめぐらせた。光線引きは完全に止まった。フィルムに塗布してある乳剤がほんのちょっとした隙間から光線を引き寄せる、ととらえることから光線引きという端的な言いかたが生まれた。光線かぶりとも言う。シャッターの開閉による露光以外に、余計な光線がかぶさるからだろう。

 ミノルタXG–Eは、シャッター速度の変化と絞りの変化が連動しない、したがってファインダー内表示で露出の過不足を教えてもらうことのない、完全なマニュアルとして使うことが出来る。しかし本来は絞り優先のオートで使う写真機だ。シャッター速度ダイアルにあるAの文字を指標に合わせ、絞りリングだけを操作する。絞りの変化に合わせて、ファインダーの内部右側に縦にならんでいるシャッター速度の数字のさらに右側に、液晶の赤丸が点灯する。そのシャッター速度を優先する気持ちで絞りリングを操作すれば、シャッター速度優先のオートでもある。

 このミノルタXG–Eは、一九七七年に発売されたXDからの、おなじ年に出た派生機種だ。XDよりほんの一段だけ下がった廉価版だ。XDからの派生機種には、XG–Eの他に、視度補正のついたXD–Sと、XG–Eの改良型であるXG–S、そして一九八〇年のX–7がある。XG–Eに続いて、XDとX–7とを、僕は手に入れた。SRシリーズのあとに来たミノルタの高性能一眼レフの初代をX–1だと理解すると、二代目は一九七四年のXEであり、三年後のXDは三代目にあたる。XDはそれまでのミノルタの頂点であり、一九八〇年代前半にはX–700でまとめをおこない、そのあとはアルファ・シリーズが受け持つことになった。ぜんたいの重さ、そしてその重さが中心点をきちんと持っている感じ、持ちやすさ、感触の良さ、巻き上げの操作感、シャッターの作動感とその音など、ほぼ全域にわたって僕はXG–Eをたいへん気にいった。オート撮影の結果は、これまで僕が体験したオートのなかでの、最高のものだった。自分で露出をきめるよりも、オートにまかせて撮ったほうが好ましい結果になることが、ときとして確実にある。ミノルタのXG–Eを使うと、ときとしてではなく、かなり多くの場合、予測を好ましく超えた結果が生まれるのではないか。こういうことに関心のある人は、まずXDを、そしてその派生機種を押さえるべきだ。そしてそのあとには、レンズ探しという楽しみが待っている。

クインテリアヌスという人が次のように言ったそうだ。「人間の体はそのままでは美しくない。ある姿勢をとったとき、それは初めて美しい」。西欧の人たちの体を模した東京のマネキンたちは、それぞれにひとつの姿勢に固定されている。ある姿勢をとったとき、どころではない。このマネキンにはこれ以外はあり得ないという種類の、どれもみな決定的な姿勢だ。人間の体は数多くの美しい姿勢をとることが出来る。マネキンたちはそれぞれにひとつだけの美しさの中に生まれ、その美しさをそのままに持続させる。東京でもっとも美しいのは、こうしたマネキンたちではないだろうか。

 

出典:『ラピタ』1997年9月号
カメラ解説:円谷 円


その写真機を、ください カタオカ・カメラ商会の棚の前で カメラ ミノルタ
2018年11月23日 00:00