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キヤノンAE-1

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 写真家の佐藤秀明さんは、僕にとって直接的なかたちでの、写真に関しての唯一のお師匠さんだ。写真についての間接的な勉強の機会や影響は、これまでの僕の歴史のなかで、列挙することなどとうてい不可能なほどに多くのところから、得ているはずだ。しかし、写真についてさまざまに教えてくれる、現存するひとりの具体的な存在となると、佐藤さんを挙げることが出来る幸福を、僕はいまも持っている。

 プロの写真家として彼がかつてこてんぱんに使った写真機を二台、彼は僕にくれた。キヤノンのF–1と、今回の対象であるAE–1だ。F–1は内蔵露出計の指針の動きに不調があり、いま修理しているところだ。AE–1も、もらったときには露出計の針の動きがおかしかった。修理したら完全に直った。たまたま手もとにあったニューFDレンズの35–70をつけて、何本か撮ってみた。今回はその報告だ。

1976年4月に発売されたキヤノンAE–1は、マイクロコンピュータを初めて搭載したシャッター優先AE一眼レフ。ボディーの価格は5万円で、当時としては超破格値だった。さらに、別売りのワインダーを強調した「連写一眼」というキャッチコピーが受け、最盛期には月産20万台を記録したほどのベストセラー機となった。サイズ=幅141×高さ87×奥行き47.5mm。重さ590g(電池別)。

 AE–1は一九七六年に発売された写真機だ。誰にでもたやすく扱うことが出来て、しかも高度に使いこなすことの可能な、軽便で軽量にして堅牢でなおかつ廉価な、新時代の写真機という目標と期待のもとに、開発されたものだという。佐藤さんにもらって初めて手にしたAE–1の造形や重さを、僕は気にいった。ほどよい大きさとほどよい重さ、そしてほどよい無骨さとほどよい数の突起物。キヤノンにはA–1という写真機があり、こちらは突起物がたいへん多くてそれが楽しい、という面白い写真機だ。AE–1とどこか似ている。少しだけ流れをくんでいるのだろう。

 AE–1はオートで撮ることを基本にしている写真機だ。レンズの絞りリングの指標をAに合わせ、シャッター・ダイアルでシャッター速度を選び、あとはすべて写真機まかせというオートだ。オートをはずすとマニュアルでも使えるが、これは使いにくい。自分の選んだシャッター速度に対する適正絞り値を、ファインダー内で指針が示す。縦にならんでいる数値の上を指針が動くのだ。針が示すその数値を読み、絞りリングのおなじ数値を指標に合わせる、という操作をしなくてはいけない。絞りリングと指針の連動はない。内蔵露出計に頼らなくてもいい能力を持った人には、完全マニュアルとして使える。指針の指し示す数値は、自分が選んだ絞りの正しさの確認めやすとして機能するはずだ。

 僕にはそこまでの能力はないから、AE–1はオートで使うほかない。使ってみて驚いた。露出はきわめて正確なのだ。対象に光の当たっている様子が複雑だったり曖味だったりする状況で撮ることの多い僕だが、三十六枚撮りのカラー・ポジティヴを二十本撮って、不適切な露出はワン・ショットもなかった。オートに対して僕は偏見は持っていない。しかし、二十三年前に発売された写真機のオートに対しては、半信半疑とまではいかないが、七信三疑くらいの気持ちでいたことは確かだ。この写真機を佐藤さんはいったいどう使ったのだろうか、などと思いながら僕は東京のあちこちを何日かかけて歩き、二十本のフィルムを使ってみた。結果は素晴らしいものだった。

 この絞りではいやだ、という判断をしなければならないような撮影を、いまのところ僕はほとんどしていない。AE–1で撮った二十本はすべてISO400だ。シャッター速度は僕の好きな六十分の一にほぼ固定しておき、絞りは文字どおりオートでの撮影だった。夕方になるにつれて、三十分の一、十五分の一と、シャッター速度を落としていった。光が不足している状態だと、ファインダーの右側に縦にならんでいる絞りの数値のいちばん下に、赤丸が点滅する。光が不足してますがこのままでいいですか、とオートのついでに写真機がひと声かけてくれている、と解釈すればいいようだ。赤丸が点滅したまま撮ると露出不足になる、というわけではない。だから赤丸は無視してそのままシャッターを押していい。僕は趣味としてシャッター速度を落とす。

 巻き上げとシャッターの作動感、シャッター音、そしてファインダーと、どれも悪くない。35–70というレンズは、35から70という焦点域に撮影者が閉じ込められないかぎり、便利なレンズであることは確かだ。僕は70で撮ることが多い、そしてたまに反対の35で撮る。その中間を使うことはたいへん少ない。撮影対象とその撮りかたが、はっきりきまっているということだ。このレンズは軽いからボディとのバランスがいい。ニューFDに28–55というのがあったはずだから、それも手に入れようか、などと僕は思っている。

 街を歩きながらなにをどう撮るのか、自分でよくわかっている人にとって、AE–1はたいへん持ちやすく使いやすい写真機だ。露出をきめるための操作と時間、つまり絞りリングを動かして好みの露出にする手間を省略してなおかつ、正しい露出を全ショットにわたって確保したいという要求に、AE–1は応えてくれる。

 僕がもらったAE–1は、ボディのいたるところに、佐藤さんの手垢と汗の匂いがしみ込んでいる。ファインダーをのぞくとその匂いが鼻先を小さくかすめる。これを使っていつからいつまで、どのような写真をどう撮ったのか本人にきいてみようと思ったのだが、あいにくマルケサス諸島へ撮影に出て留守だった。

 今回の作例のひとつは、佐藤さんに写真を提供してもらって作った絵葉書を二点、単純にいたずら合成して、西陽のなかに置いてもう一度、風景として撮ってみた。そしてもう一点は、お師匠さんが絶対に撮らないような、しかし僕は好んで撮る光景だ。

沈む寸前の西陽を斜めに当て、擬似的セピア効果を出す。

街を歩いていて、ふと目にとまった光景。AE–1の得意領域だ。

 

出典:『ラピタ』1997年7月号
カメラ解説:円谷 円

 


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2018年11月19日 00:00
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