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ちょっと外出してピストルを買って来る

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 アメリカ国内のTVニュース番組をふと見ると、画面にはたいへんにアメリカ的な光景が映っている。とある町の、銃砲店の内部だ。充分に広い店内のガラス・ケースのなかに、あるいは棚に、多数のハンドガンやライフル、そしてショットガンなどが、整然と陳列してある。見るからにアメリカ的な店主が、おなじく見るからにアメリカ的にカジュアルな客たちに、応対している。「売上の五十パーセント増しは、いまのところ確実ですよ。もっといくかもしれません。六十、七十パーセント増しまでね」と、店主は取材の記者に語る。

 店主の言葉のなかにある「いま」とは、攻撃目的の殺傷力を高めた、自動ないしはなかば自動のライフルそして小さな機関銃やマシーン・ピストルなどの一般販売の規制が、おこなわれる以前を意味している。その「いま」、特に売れ行きがいいのは、一般への販売がやがて法的に規制されるはずの、アソールト・ウェポン類だ。銃口を向けた相手を可能なかぎり高効率で殺傷することをもっとも重要な主題とした、自動ライフルやマシーン・ピストルだ。

「法による規制は気にくわないね」「奴ら(政府)が取り締まる気なら、その前に俺は買っておくよ」「規制後は値打ちが出ます」というような態度を基本にして、ごく普通の市民たちが、すさまじい殺傷力を持った銃を買う。段ボール箱に入れてもらい、きわめて気楽にかかえて持ち、店を出ていく。彼らのうしろ姿に、アメリカそのものを僕は感じる。ここで言うアメリカそのものとは、自由というもののありかたの一例だ。

 アソールト・ウェポンは、破壊力のある大きな弾丸を、高速で何発も、強力に連射することが出来る。だからこそそれらは、アソールト・ウェポンと呼ばれる。弾丸を二列に装塡して合計で三十発も入るマガジンというものがある。これを二本、上下たがいちがいにしてガム・テープで貼り合わせておくと、一本を射ちつくしてそれを引き抜き、反対側にひっくり返して銃に差し込めば、ただちに三十発、さらに連射することが可能だ。

 小型で扱いやすいマシーン・ピストルによる、六十発の機関銃的な連射に魅力と必要を感じる人は、いまのアメリカにたいへん多い。複数の相手をとにかくなぎ倒したいと願う人たちにとって、アソールト・ウェポンはうってつけだ。ごく平凡なM–16でも、一発ずつ射つモードと三発ずつの高速連射、そして全弾をあっというまに射ちつくす機関銃的な連射の、三つのモードを持っている。

 ハンドガンによる死傷事件は、アメリカぜんたいを計測の対象とするなら、三十秒や四十秒に一件という途方もない次元にすでに到達している。子供たちによる、「なんとなく射った」「気にくわないから射った」「喧嘩をしたから射った」というような事件が大量に発生しているから、こんな恐るべき数字が出てくる。

 小中学校あるいは高校に警官や警備員が出張し、登校してくる生徒のひとりひとりに金属探知機を当てる、というような光景はもはや珍しくもなんともない、ごく日常的な光景だ。「怖いから」「身を守るために」「みんな持っているから」というような理由で、生徒たちは学校にハンドガンを持って来る。小学校では防火訓練とおなじように、発砲からいかに身を守るかという訓練がおこなわれている。

 ニューヨークのブルックリンのある高校では、この四年間に七十人が射たれたり刺されたりし、そのうちの三十人が命を落とした。身近で人が殺された体験をした人はいますか、と小学校の先生に聞くと、八十パーセントがイエスと答える。もっとも多いのは射殺だ。学校でのほんのちょっとしたいさかいが理由で放課後に呼び出され、ぽんと射たれて殺される。アメリカのティーン・エージャーの死因は、自殺死を上まわって銃による死のほうがずっと多い。一年間に六万人もの十代の人たちが銃で射たれて死ぬ。黒人だと白人のなんと十一倍にも達する。こういったことに関して、いわゆる国の対策というようなものは、いっさいない。

 衣服や鞄などのなかに隠し持てるハンドガンには、特有の匂いがある。この匂いを覚え込ませ、登校して来る生徒たちのあいだを嗅ぎまわり、ハンドガンを持っている生徒を見つける犬のいる学校がテキサス州にある。こんな話題も珍らしくない。学校へ持って来たハンドガンを隠しておく場所をなくせば、ハンドガンによる犯罪や事故を多少とも減らすことにつながるのではないかと、生徒たちのロッカーを全廃した学校もある。鞄を持つことを禁止している学校もある。信頼出来る筋が発表した統計によると、アメリカぜんたいで一日のうちに八万五千の学校へ、十三万五千丁のハンドガンが、生徒たちによって持ち込まれているという。

 ほんの数秒ごとに一丁という速さで、あるいは多さで、いまもアメリカ国内ではハンドガンやライフルが製造されている。そして外国から輸入されるものも、ほとんど差のない数秒ごとに一丁という、信じがたいが正確な数字もある。いま弾丸を込めて引き金を引くなら、銃としてただちに機能する状態の小火器は、アメリカぜんたいで少なく見積もって二億二千万丁に達している、という統計数字もある。

 どこからどう見ても、状況はひど過ぎる。なんとかしようではないかという気持ちや動きは、ごく普通の市民のあいだに広がりつつある。しかし、問題はあまりにも巨大だ。銃を買う人に現物が渡るまでの七日間の待機期間、そしてその期間内におこなわれる購入者の背景調査を義務づけたブレイディ法は、事実上はなんの役にも立たないという意見は正しいようだ。

「ナショナル・ライフル・アソシエーションにとって、ひとつの敗北と言っていい出来事がありました」と、TVニュースのアンカーが言う。どんなことがあったのかと画面を見ていてわかるのは、北東部の小さな州で、一般市民がひと月に買うことのできるハンドガンを、一丁に制限する法律が提案されたとかされないとか、そんな程度のことだ。

 アメリカで銃を好きなだけ買いたいと思うなら、ディーラーになるといい。わずかな申請費用でほとんど誰でも自動的に、ディーラーの許可を連邦政府からもらうことができる。ディーラーになると、州を越えて、好きな銃を好きなだけ、卸値で購入することが可能だ。

 ひとりでふらっと出向いて、ほとんどどのような銃でも気楽に買えるのは、いわゆるガン・ショーだ。物流の仮倉庫のような建物のなかで、数多くのディーラーがテーブルをならべ、それぞれに店を開き、客を待っている。いっさいなんの制約もなしに、すさまじい武器を買って持ち帰ることが、じつにたやすく可能だ。中国製の相当に優秀な出来ばえのさまざまな銃が、アメリカ製の同クラスのものの半値で、アメリカという市場に大量に流れ込む寸前だ。

 どのような銃弾でもアメリカでは自由に手に入る。販売のシステムは、ひと言で言って野放しの状態だ。南カリフォルニアのパサディーナでは、銃弾の購入に規制をかけることになった。ロサンジェルスでもおなじような条例案が議会で可決された。市長が署名すれば発効する。購入時に身分証明書を提示し、書類に必要事項を記入し、店はそれを二年間にわたって保管しなければならないという条例だ。効果は上がるのだろうか。効果がほとんどない部分から、少しずつ手をつけているような気がしないでもない。というよりも、もはやどこから手をつけても効果は期待出来ないまでの状態になっている、と考えたほうが正しい。

 アソールト・ウェポン十七種類の販売規制案に関しての報道で、当時の財務長官ロイド・ベンツェンがM–16を射っている様子を僕はTVで見た。自宅の敷地内に飛行場があるという、テキサスの名門の出身で富豪の彼は、狩猟に関して経験は豊富なはずだ。射っている彼の様子は、そのことを物語っていた。何年か前、ジョージ・ブッシュが大統領だった頃にも、各種のアソールト・ウェポンの野放し的な販売が問題となった。椅子にすわっている記者たちの前を歩きまわり、片方の手を拳にして強い意志を込め、それでもう一方の掌を何度も叩いて強調しながら、「スポーツの領域にまたがる銃までも規制の対象にするつもりは、この大統領には絶対にありませんからね」と、彼は力説していた。

 このときのジョージ・ブッシュも、いつものとおりたいそうアメリカ的であっただけだ。それ以上でもそれ以下でもないのだが、ハンドガンやライフルに対する自由なアクセスに関して、大統領自らがこういうことを言わなくてはならない国というアメリカは、世界ぜんたいのなかに置きなおして観察すると、たいそう奇異に映ることは否めない。

 あのときはアブトマト・カラシニコフ47という銃が問題になっていたのだ、といま僕は思い出す。カラシニコフという人の設計にもとづいて旧ソ連が作り出し、自国の軍の正式銃となり、ソ連だけではなく多くの共産圏国でライセンス生産され、そろそろ一億丁にもなろうかという、共産圏を代表するアソールト・ライフルだ。

 バナナ・クリップと呼ばれる、前方に向けて湾曲して突き出た、威圧的に大きな弾倉のうしろに引き金があり、さらにそのうしろにはピストル・グリップがある。このピストル・グリップが見た目の印象としていかにも攻撃的だから、印象を和らげる策として木製のストックの面積を前面に広げ、そこに親指を入れる穴を開けてグリップの代わりとするなら、そのカラシニコフはアソールト・ウェポンではなくスポーティング・ライフルになるという馬鹿げた話が、アメリカでは真面目に通用する。

 アソールト・ウェポン十七種類の販売はいま法律で規制されている。この規制をなんとか緩和の方向へ持っていこうとする動きが、議会を中心にして強力に存在している。外出するとき護身用として銃を隠し持つことを大幅に許可する法律が、一九九五年じゅうにアメリカのおよそ半分の州で成立するだろう、という見通しもある。危険が増してきた世のなかで自己防衛をするにはそのような法律が必要だという、わかりやすい論理にもとづくものだ。

 アメリカと銃との関係は建国にまでさかのぼる。そして建国の理念である自由や民主と、その後の歴史のなかで、銃は複雑に一体化している。税金だけは厳しく徴収しておきながら権利は認めないイギリスに対して、それでは自分たちだけで好きなようにやらせてくれ、と立ち上がったのがアメリカの建国だ。立ち上がったら戦争になった。アメリカふうの自由と民主は銃によって誕生し、銃によって維持されてきた。

 アメリカがこれから銃とどのような関係を結んでいくかは、自由と民主を将来においてアメリカがどう定義しなおすかという問題と、根源的につながってひとつだ。銃というアメリカらしさによって、自由と民主というアメリカらしさのおそらくは質的な変化を、アメリカはその内部から迫られつつある。

底本:『日本語の外へ』角川文庫 2003年


2018年6月29日 00:01