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一万年前から続く猫と人間の関係を喜ぶ

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〈書評〉山根明弘著ねこの秘密

「実は、ねこという動物は、人類が誕生した時点では、地球上には存在していませんでした。ねこは人間が時間をかけてつくりだした、犬や豚、牛や鶏と同じ『家畜』のひとつです。犬はオオカミの仲間から、豚はイノシシからといったように、ねこも、とあるネコ科の野生動物を人間が飼育して、長い年月をかけて徐々に現在のねこの姿へと変えていきました」

 猫のもとになったとあるネコ科の野生動物は、最近の研究の結果、リビアヤマネコだと結論されているそうだ。このリビアヤマネコの写真が、本書『ねこの秘密』の十八ページに掲載されている。その写真を僕が見れば見るほど、いまから二十数年前に住んでいた大きな家の広い庭に、ある日の午後、じつにさりげなく姿を見せた一匹の雌の野良猫に、ほんとにそっくりなのだ。

「ねこは原種の『リビアヤマネコ』からあまり変わっていません。街を歩いていると、毛柄も姿もリビアヤマネコと間違いそうなノラネコに出会うこともあるほどです」と『ねこの秘密』の著者は書いている。原種のリビアヤマネコからほとんど変化していない一匹の野良猫が、東京の西の端の住宅の庭で、ある日の午後以来、この僕を相手として生活を始めた。そしてたちまちのうちに、庭の猫は二十匹を超えた。鼠算という言葉よりも先に猫算が確実にある、などと言いながら僕は毎日、猫たちの食事を用意した。

 人間によって猫の家畜化が最初におこなわれたのは、いまから四千年前の古代エジプトだったという。当時のナイル河流域は穀物の大量生産地であり、それを狙った大量の鼠が人間の天敵となり、その鼠を巧みに退治する本能をそなえた猫が、人間の生活に欠かせないものとなった。

 この四千年を倍以上に超えた九千五百年前、地中海の東端に浮かんで貿易の中継点として繁栄したキプロス島で、推定年齢八か月のリビアヤマネコが、大切な副葬品のひとつとして、死者とともに葬られた遺跡が、二〇〇四年に発掘された。一万年も昔から続くリビアヤマネコと人間との関係は、二十数年前の僕とリビアヤマネコにそっくりな猫との関係とのなかに、確実に受け継がれていたことを、いま僕は『ねこの秘密』を読んで確認し、喜ぶ。

 庭にいた数多くの猫たちは、観察の対象として、遊び相手として、じつに好ましい存在だった。この庭は猫が集会を開く場所として知られていた。不思議なその集会を僕は何度も見た。発情期にくりひろげられる闘争はすさまじいものだった。食事の時間になると、すべての子猫が庭に面した広い濡れ縁の網戸に立ち上がって前足の爪を立て、いっせいに前後に揺すって音を立て、食事を催促した。

 梅の木のてっぺんに登って降りられなくなった子猫を、熊手の扇のように開いた部分を高くさしのべ、その上に子猫が乗るように誘導し、無事に庭へ降ろしたこともあった。子猫からほんの少しだけ成長した年齢の猫が、庭のまんなかで雀を捕獲する様子を、偶然に見た。

 雀の斜めうしろから地面を這って接近し、気づいた雀が飛び立つ瞬間、その方向を正しく予測して素晴らしい瞬発力を発揮して飛びかかり、爪を立て、ともに地面に落ちたときには、雀の中枢神経に歯を立てて絶命させている、という技のすべてを、僕は見た。

 きまぐれな理由、妊娠率は一〇〇パーセント、実はグルメではない、ノラネコの恋、オスは旅に出る、ねこの一日、喧嘩の作法など、本書で得られる正しい知識の数々は、猫とのもっとも健全な関係のありかたとその維持の工夫へと、密接につながっている。

 しかし謎は残る。庭にいたあの猫たちは、この僕を含めて、なにをどのように理解し認識していたのか。僕のことなど、なにからなにまで、知り尽くしていたのではないか。

出典:『週刊朝日』2014年12月26日号


2018年5月14日 00:00