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アメリカの正義が勝つ

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 いまのアメリカで出版されているペーパーバックは、どれもみなよく似たつまらない装丁ばかりで、出版社ごとの装丁の特徴や方針などは、皆無に等しい。

 一九六〇年代いっぱいくらいまでのペーパーバックには、銘柄別にデザインの特徴がはっきりとあった。なんという銘柄なのか、ひと目でわかった。

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 ここにあるのは、ゴールド・メダルというペーパーパック叢書のなかの、西部劇小説だ。西部劇という言葉はもはや死語に近いかと思うが、日本の時代劇に相当する西部劇映画が盛んに製作されて公開され、なおかつペーパーバックの世界では、西部劇小説が量産されていた時代があった。

 すぐれた書き手はたくさんいたから、いい作品も多いはずなのだが、なにしろ見た目がこのとおりだから、通俗さをきわめた娯楽小説の底辺として、十把ひとからげに扱われていた。なかでもこのゴールド・メダルのは、通俗の王道をいくおもむきが濃厚だった。

 西部劇小説をこうしてならべてその表紙絵を観察すると、アメリカの正義が勝ち戦を戦っているさなかの様子が、美化され様式化されたリアリズムで描き出されていることが、はっきりとわかる。

 アメリカの正義がアメリカ国内において、たとえばこのような数多くの西部劇小説をとおして、せっせと再確認を繰り返されていた。いま西部劇はアメリカでも死語に近いし、ペーパーバックの通俗小説としては、消滅しきって久しい。

 アメリカの国内で西部劇や西部劇小説が盛んだった時代は、ドルが基本的にはアメリカの通貨だった時代だ。もちろん世界のあちこちで広く通用はしていたが、いまのようにアメリカの文脈を超えて、世界ぜんたいの通貨には、まだなっていなかった。

 ドルはアメリカの正義であり、いまやそれは充分にグローバル化されている。国内でアメリカの正義を確認する必要など、どこにもない。

 だからこうした西部劇小説は消えたが、西部の男を軍隊の兵士に置き換えるなら、それもまたドルとともにグローバル化されていることが、よくわかるはずだ。

出典:『Free&Easy』1999年10月


2017年11月2日 00:00