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誕生日

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 かつて三津子さんという女性がいた。いまでもどこかで美しく元気にしているはずだ。この三津子さんが二十五歳のときにぼくは彼女と知り合い、彼女が二十八歳のなかばになるまで、ぼくは彼女の数多い友人のひとりだった。

 彼女の二十六歳の誕生日のプレゼントをなににしたらいいだろうかと、ぼくはその年の四月ごろから考えていた。彼女の誕生日は、八月十五日だった。覚えやすくて、とてもよかった。

 プレゼントをなににしたらいいか、八月になってもきまらないので、ぼくは彼女に相談した。そうねえ、なにがいいかしら、と彼女は言っていたが、二、三日して、プレゼントにほしいものを電話で知らせてくれた。誕生日は土曜日にあたるので、その土曜日いちにち、朝から夜まで、自分をオープン・カーに乗せて走ってほしい、と彼女は言った。そして、そのオープン・カーは、できることならアメリカ製の、平べったくて大きいのにしてほしい、と彼女は指定した。

 こういうかたちでの誕生日のプレゼントもありうるのだと素直に納得したぼくは、彼女の希望を全面的にひきうけた。アメリカ製の、平べったくて大きなコンヴァーティブルのフリークがぼくの友人たちのなかに何人かいて、そのなかのひとりから、一九六〇年代なかばのオールズモービル442のコンヴァーティブルをぼくは借りることができた。

 誕生日の当日、朝の指定された時間にぼくはそのコンヴァーティブルで彼女をむかえにいった。途中で花屋さんに寄り、茎の長い赤いバラを十二本、花束にしてもらった。その花束を彼女は自室の花瓶に生け、一本だけを持ち、ぼくの用意したオールズモービル442に乗ってくれた。

 松本へ出て、そこから美ヶ原うつくしがはら霧ヶ峰きりがみね白樺しらかば湖、小諸というふうに真夏の晴天の下を、ぼくたちはオープン・カーで走った。まさに日本の夏の、暑いかんかん照りはたいそう素晴らしく、ぼくたちは陽焼けした。助手席にすわった美しい彼女は、一日じゅう空を見ていた。

 高原のホテルのダイニング・ルームからは夕方の空が見え、部屋からは夜空が見えた。次の日は彼女がひとりで442を走らせたいというので、朝のホテルで別れた。いい誕生日だったと、後日、彼女は言っていた。

底本:『すでに遥か彼方かなた』角川文庫 一九八五年

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『すでに遥か彼方』 彼女 自動車
2017年8月12日 00:00