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ドル安・円高の方向とは

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 製品を作ってそれを外国へ輸出し販売する。代金を回収する。製品を作るのにかかった直接・間接のコストすべてを引いた残りが、ごく単純には、その製品を作って売った企業の儲けとなる。そしてそのあと、輸出には為替市場が介在するから、回収した代金がそのときの相場でいくらになるか、という問題が発生する。

 一億ドルの回収があったとする。一ドルが百十円の相場なら、円に替えると百十億円になるが、相場が円安で動いていて十円の円安となり、一ドルが百二十円の相場で一億ドルを円に替えると、百二十億円となる。十円という円安をくぐり抜けるだけで、回収した一億ドルには十億円が上積みされる。百十円から百二十円への十円の円安は、ドルのほうにとっては、一ドルで円が十円だけ余計に買えることを意味する。円が円安のぶんだけたくさん買えるのだから、ドルの購買力はそれだけ高まったことになり、こういう状態を強いドルと言ったりする。

 一ドルが百二十円になると、百十円のときにくらべて、一ドルにつき十円だけ円が余計に買えるのだから、いい買い物である円を買いましょう、ということになる。ドルに対して円の価値が高くなっているこの状態のなかで、ドル売り・円買いがおこなわれる。たくさん買われることをとおして円は値上がりしていく。円が高くなるとはこのことだ。一ドルが百二十円だったのが百十円に戻ると十円の円高となり、さらに十円の円高へと動いて百円になると、例として先にあげた一億ドルの回収代金は百億円になってしまう。百二十円のときにくらべると二十億円のマイナスだ。為替レートを百十円に設定して商売をしているなら、十円の円高という為替相場をとおるだけで、売り上げは十億円だけ損をすることになる。

 日本からアメリカに対しておこなわれている輸出をめぐって、いまいちばんやっかいな問題は、為替相場が円高へと動いていて、それの止まる気配や期待がどこもないことだ。為替相場の動きをきめていく要素にはいろんなものがある。経済の成長や景気の回復、企業業績の上昇といった健全な要素から、金利の差、市場の思惑や期待、政府高官や要人たちによる発言など多岐にわたり、そのどれもがいろんなふうに相場に作用する。

 いま為替相場をドル安・円高へと動かしているもっとも大きな要素は、アメリカがドル安を容認する方針でいる、と市場が読んでいることだ。いまのアメリカがドル安を容認する理由は、アメリカの経済つまり産業界、なかでも製造業にある。ドルが安ければ、アメリカの製品を外国が買いやすくなる。買いやすければそれだけ売れることになるだろう。企業の輸出部門の採算にとってそれはプラスに作用し、即効的に収益をかさ上げする。製品が売れて収益が改善されれば雇用は守られる、と言うよりも、いまあるこの職を失わなくてもすむ、という安心感をドル安は生み出す。アメリカ国内の金融市場へ外国から資金が豊富に流入し続けるためにも、ドル資産は安くなくてはいけない。

 二〇〇三年九月にドバイで開催されたG7で、「為替レートはさらに柔軟にしておくのが好ましい」とアメリカは発言した。さらに柔軟にしておくとは、さらに動いてもいいということであり、動くとは現在の場合はドル安・円高の方向に向けてだ。十月に日本を訪れたブッシュ大統領も、「為替は市場にまかせること」という、おなじ内容の発言をした。ドル安を大統領が支持したということで、全米製造者協会は「為替に関する大統領のリーダーシップに感謝する」という声明を発表した。二〇〇三年の七月から九月期のアメリカ企業の決算は、二十パーセントほどの増益だったと新聞は書いていた。この増益にはドル安が大きく貢献したという。

 アメリカの製造業はブッシュ大統領にとってはもっとも重要な票田だ。来年の十一月におこなわれる大統領選挙に向けて、票田の保護と確保のために、さらにドル安・円高へと向かうのだと市場は判断している。しかし株式や債券相場の大崩れを招くドルの急落は回避しなくてはいけない。少なくとも来年の十一月までという、長期と言うならそうも言える期間のなかで、一定の秩序を維持してドルがゆるやかに減価していくのが望ましい。ドル安の容認を越えて、ドル安の支持だとまで読み切られるのを嫌って、「為替相場の柔軟性を支持したのであって、ドル安を支持したのではない。ドルの相場はあくまでも市場がきめることだ」と、アメリカの財務長官は大統領のあとを追って発言した。国際経済や国際金融などになんら意を払わない、国内の事情だけのための、急落することのないドル安という都合のいい状況を、大統領や財務長官の発言だけで維持しようというのだから、ドルの急落を防ぐ有効な策はほかにないのだと市場に読まれると、ドルはさらに落ちていくことになりかねない。

(初出・底本:『影の外に出る──日本、アメリカ、戦後の分岐点』NHK出版 二〇〇四年)

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