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ガールたちの戦後史

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 ガールという言葉は、それ単独では、日本語として定着していない。日本におけるガールの始まりはモダン・ガールだと思うが、たとえばこの例のように、なにか別の言葉と結びついて、ガールは日本語のなかに組み込まれてきた。このモダン・ガールはモガと略される場合が多かった。モダンはモのひと文字に短縮され、ガールはガの一音へと省略されたのだ。

 戦前の日本でモダン・ガールから始まったガールの系譜は、戦争とその時代によって断ち切られたと言っていい。そして戦後となり、その混乱期が二、三年ほど経過してから、まずパンパン・ガールが登場した。戦前の日本は焼け跡の瓦礫とともに葬り去られた。それに代わるものとして、新しい時代のなかで即座に役立つのはこの自分の肉体ではないか、ということに気づいた女性たちのなかから、パンパン・ガールがあらわれた。

 朝鮮戦争による特需を大きなきっかけに、日本経済が戦後の混乱と低迷から復興に向けて立ち上がる気配が強まっていくのと並行して、経済の立ち直りと直結したかたちで、何種類かのガールたちが日本のなかに生まれていった。バス・ガールはその先がけではなかったか。路線バスの車掌に過ぎないけれど、若い女性の働きかたとして、庶民的な意味で先端に位置した憧れの職種のひとつだった。魅力的な新しいものである証拠のように、バス・ガールという呼称があたえられた。路線バスとそれに乗る人たちが増えていったという事実が、その背景にある。

 電話の交換手が、もしもしガールと呼ばれていた時期が、ごく短く存在した。電話の急速で広範囲な普及のきざしを、ここに見ることが出来る。人々の生活に豊かさが少しだけ見え始めると、デパート・ガールやエレヴェーター・ガール、さらにはファッション・モデルという意味あいで、ファッション・ガールやマネキン・ガールたちがあらわれた。エレヴェーター・ガールは百貨店だけにとどまらず、都会のオフィス・ビルディングへも進出した。

 民間航空の再開と進展にともなって、いまはアテンダントと呼ばれ、ついさきごろまではスチュワデスと呼ばれていた女性乗務員が、エア・ガールという呼称で登場した。若い女性が会社に勤めて働くことが急速に一般化すると、彼女たちはビジネス・ガールあるいはオフィス・ガールと呼ばれ、最終的にOLへと落ち着いた。消費財が増えてその販売合戦が日本経済の拡大を支える時代となると、カレンダー・ガールやマスコット・ガール、そしてキャンペーン・ガールたちが生まれた。販促用のカレンダーに着物や水着姿で登場する若い美人がカレンダー・ガールだ。マスコット・ガールはキャンペーン・ガールの前身だと思えばいい。

 日本におけるガールの戦後史は、こんなところではないか。傍系を探すと、最近の出来事としてチア・ガールがある。どんなガールだかわからない人はまだ多いだろう。昭和三十年代のものとしてステッキ・ガールがある。ごくおおざっぱにとらえると、売春防止法の成立後に登場した、売春婦の形態のひとつだという。わんさガールは戦前からある。大部屋の若い無名の女優たち、あるいはレヴューの舞台に大勢で出て来て踊るダンサーたちの、総称だ。女子大生をカレッジ・ガールと呼ぼうとした時期が、主として若い人たち向けの雑誌の紙面に、ごく短期間あったような気がする。女子大生という四文字言葉が包括する意味とそのニュアンスは、ガールにどんな言葉をつけても、表現出来ないだろう。

 ガールは単独では定着しなかったけれど、その変化型であるギャルは、これひとつでも使われている。ガールがギャルへと変化したのは、サーファー・ギャルからではないか。子ギャルがそれに続いた。キャンペーン・ガールがいまではキャン・ギャルと略されている。サーファー・ギャルはすでに中年だ。子ギャルは珍しくもなんともない。ガールはすべて消えてしまい、ギャルとしてかろうじて残存しているのはキャン・ギャルとAVギャルだけか。アダルト・ヴィデオに出演する若い女性たちを最初はAV女優と呼んだが、とてもではないが女優ではないという認識の広まりとともに、彼女たちはAVギャルとなった。

 戦後の日本社会に彩りを添えただけではなく、その実態の形成にかなりのところまで関与したガールたちだったが、五十数年という時間のなかに推移した時代のそこかしこに、すべて消えてしまった。いま残っているのはAVギャルとキャン・ギャルだけであり、戦後日本のひとまずの到達点がそこなのだと解釈すると、少なくとも納得だけは、すんなりといくのではないか。

底本:『自分と自分以外──戦後60年と今』NHKブックス 2004年

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2004年 『自分と自分以外ー戦後60年と今』 女性 戦後 日本
2017年4月10日 05:30
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