アイキャッチ画像

人生とはなになのか。よく慣れ親しんだ世界。もっとも重要なのはおそらくこれだ

LinkedIn にシェア
LINEで送る
Pocket

 マリアンヌ・ジンガーの『ボビー・レックス最大のヒット』という長編小説は、読んでよかったと心から思うような、志の高い、清らかにいさぎよい、すっきりとしたいい小説だった。時代の背景は一九五〇年代から一九六〇年代にかけてであり、場所はカロライナに設定したオーファックスという小さな町だ。その町に生まれ、その町で育ったひとりの若い女性が、その町を自分のものとして選びなおしていく過程とそのことにかかわる彼女の心の動きを、主題にした小説だ。

スクリーンショット 2017-01-29 6.58.05
Bobby Rex’s Greatest Hit (Voices of the South),MARIANNE GINGHER
1986[ amazon日本|英語]

 人の人生とはなになのか。いろんなふうに答えることが出来る。そのなかのひとつは、たとえば以下のようだ。さまざまな枠や限定はあるにせよ、とにかく自分の人生は自分による自主的な取捨選択の連続だ。選び取ったものと、捨てたもの。手に入れたものと、失ったもの。そのふたとおりのものが作るなんらかの均衡の上に、人の人生は成立していく。

 自分がすでに充分に慣れ親しんでいるはずの、小さな町およびそのなかでの生活を、自分にとってもっとも大事で愛しい、しかも日々新しい新鮮なものとして、選び取りなおしていく自分の心の動き、というものがこの小説のテーマだ。このようなことをテーマにして、読んでよかったと読者に思ってもらえるような、しかも志の高い小説を書くのは、なかなか出来ることではない。作者の才能は大変なものだ。南部の夏の感触がほとんど全編にわたって敷いてあり、これがよく効果を上げている。特に匂いの描写が素晴らしい。

 読んでよかったと思いながら、このペーパーバックを手に取って眺めなおしていた僕は、主題を完璧に説明している引用文を、目次のまえのページにみつけた。『E・B・ホワイトのエッセイ』に収録されている、『ホームカミング』と題した文章のなかの、次のようなセンテンスだ。

「慣れ親しんだ世界──重要なのはこれだ──自分はここに帰属するのだという感覚。あらゆる悪、あらゆるみすぼらしい卑しさを、人はそれによって遠ざけることが出来る」

底本:片岡義男エッセイ・コレクション『本を読む人』太田出版 1995年

関連エッセイ

1月27日 |他人の虹の端に向かって


1月19日 |ジャニス、たしかに人生はこんなものなんだ



1月20日 |林檎の樹


1月26日 |彼女は『ラスト・ショー』の町に生きる


3月15日 |カウボーイ・ブーツ


12月26日 |課題人生論


1995年 『ボビー・レックス最大のヒット』 『水平線のファイル・ボックス 読書編』 アメリカ エッセイ・コレクション マリアンヌ・ジンガー 書評 片岡義男エッセイ・コレクション『本を読む人』 読む
2017年1月29日 05:30
サポータ募集中